ドーピング違反によるメーカーへの被害

ドーピング違反によるメーカーへの被害

「うちの企業はアスリート向けに製品を作っていないから関係ない」。この様な理由から多くのメーカーはドーピング対策をされません。しかし、アスリート向けに製品を提供していないメーカーでも、本当にドーピング違反による被害はないのでしょうか。

今回はドーピング分析を導入するメリットの1つである「リスク低減」について、過去報道のあったドーピング違反事例に基づき解説します。

サプリメントなどによるドーピング違反の可能性は?

海外を拠点とする分析機関が日本国内のサプリメント86件を調査した結果、約「6%」にあたる5製品からドーピング禁止物質が検出されたというデータ*があります。

この6%という検出割合は、厚生労働省がまとめた食品中に農薬が残留する確率「0.34%**」の約20倍に匹敵する数字です。

今までアスリートの間でも、海外製のサプリメントなどは危険である一方、国内メーカーが製造するサプリメントなどについては安全性が高いと言われてきました。しかし以上のデータから国内メーカーが製造するサプリメントや化粧品などでも安全性は決して高くないことがお分かりいただけるかと思います。

*参照:防げ!サプリメントによるドーピング

**参照:平成30年度 食品中の残留農薬等検査結果について(厚生労働省)

なぜドーピング禁止物質が混入するのか?

サプリメントや化粧品にドーピング禁止物質が混入する理由は、主に以下3つが挙げられます。

A:原材料での使用・混入
B:製造工程での異物混入(コンタミネーション)
C:第三者による意図的混入

C:第三者による意図的混入については、2018年の日本のカヌー選手によるライバル選手のドリンクへの意図的な混入で話題にはなりましたが、多くの混入理由は「A:原材料での使用・混入」もしくは「B:製造工程での異物混入」とされています。

2019年9月には株式会社ドームが販売するサプリメントにドーピング禁止物質が検出されるという業界内でも大きな報道がありました。当初の報道では、B:製造工程での異物混入が製品への混入として疑われていましたが、2020年10月に「A:原材料への混入」であったことが発表されています。
なお、当製品はプロ野球に所属するトップアスリートなども使用していた可能性があり、該当LOTの店頭からの回収が進められましたが、幸いにもドーピング違反者は現れませんでした。

DNS「アイアンSP」よりWADA禁止物質検出のご報告(2019.09.25 news)
巨人などに提供のサプリメント 禁止物質は「原料に由来」(NHK NEWS WEB)

過去生じたメーカーへの被害

では一体メーカーにはどのような被害が過去あったのでしょうか。過去アスリートによるドーピング違反によりメーカーが被害を受けた2つのケースを解説します。

1:ドーピング違反の原因とされ、取引中止に

2019年11月、国内サプリメントメーカーが製造するサプリメントが原因とされた初めてのドーピング違反が発生しました。原因と報道されたのは、テクノサイエンス株式会社の製造していたサプリメント。筋肉増強作用を持つステロイドのグループに該当する成分(オスタリン(ostarine))が検出されたのです。
違反報道後、テクノサイエンス株式会社は提供していたアスリート達への提供が終了したのみではなく、取引のあったメーカーとの取引も中止になるなどの大きな被害があったと同社は発表。
ただし、テクノサイエンス株式会社は日本アンチ・ドーピング規律パネルが下した判定に納得がいかず、第三者機関に分析の依頼をかけ、サプリメントが原因でないという主張を行いました。
その後判定が覆ったような報道はありませんが、同社は事実関係を明らかにするために訴訟も視野に入れていくと発表しています。

参照:公益財団法人日本スポーツ仲裁機構(JSAA-DP-2019-001)仲裁判断の骨子についての今後の対応(テクノサイエンス株式会社コラム)

2:医薬品から別の成分が?損害賠償額は○○円!

<事件詳細と損害賠償額について>
2018年8月、全日本選抜選手権に出場していたレスリングの選手が試合後のドーピング検査を受けた結果、陽性反応が出てしまいました。原因は沢井製薬株式会社が製造していた胃炎・胃潰瘍治療剤であるエカベトNa顆粒66/7%「サワイ」。設計上含まれることのないドーピング禁止物質が原材料に混入したことでアスリートが違反になってしまいました。
当アスリートは意図的なドーピング違反でないことが証明され処分は撤回されたものの、陽性反応が一度出てから処分が下されるまでは、一時的に練習ができなくなるだけではなく、チームメイトやコーチなどの関係者との接触も基本的にできなくなってしまいます。
そのためアスリートは精神的な被害などを受けたという理由から、沢井製薬株式会社などを相手取り、慰謝料など総額6,000万円の損害賠償請求を求め、東京地方裁判所に提訴しました。
(食品への異物混入が生じた場合に請求される損害賠償請求は、1/20の規模の300万円以下***とされています。)
2021年1月現在最終的な判決についての情報は明らかになってはいませんが、日本代表クラスがサプリメントや化粧品などでドーピング違反となると、数千万以上の損害賠償請求が求められることが考えられます。

<厳格な検査が行われる医薬品から、なぜ検出?>
以前から沢井製薬株式会社の製造する医薬品は、「国際的な医薬品査察協定及び医薬品審査共同スキーム(以下、PIC/S)のGMP ガイドライン」に準じ、当ガイドラインで最も厳しい基準とされる10ppmという下限値にて分析を行い、安全性を確認してきました。
一方で、製品に関するドーピング分析の基準が記されたスポーツにおけるサプリメントの製品情報 公開の枠組みに関するガイドライン」では、PIC/Sの GMP ガイドラインで求める下限値10ppmの100倍にあたる「0.1ppm」にて分析を実施するよう求めています。
医薬品とドーピング、これらの考え方や基準の違いから、本事例は発生してしまったのではないかと言えます。

***参照:食品衛生法 第6条4号、第71条
レスリング選手のドーピング問題訴訟 沢井製薬と陽進堂は争う姿勢(ミクスonline)
【第 3 報】エカベトNa 顆粒 66.7%「サワイ」に関する調査結果のご報告(沢井製薬株式会社 News Release )

ドーピングによる被害を防ぐために

近年、日本でも多くの世界大会が行われるようになったことから、アスリートに対するドーピング検査が活発化しており、年々検査数も増えてきています。そのため、メーカーもドーピング違反でアスリートから訴えられる可能性が増えてきているのです。
製品に対するドーピング分析は、ドーピングのルール上100%の保障ではないもの、メーカーがドーピング違反で訴えらたり、インターネット上で誤報が流されたりするリスクを低減させるメリットがあります。
また上記の様なリスク低減が図れるというメリットから、最近はアスリート向けの製品でないメーカーのドーピング分析の導入も進んでいます。

医薬品よりも厳しい検査で知られるドーピング。「アスリート向けの製品」であるかどうかに関わらず、製品を取り扱うメーカーはドーピングという余計な被害にあわないために、一度は分析しておくことをお勧めします。