アンチ・ドーピングに関わる人に聞く”あんなこと、こんなこと”第一回:スポーツ弁護士/山本衛氏
プロフィール:弁護士 山本衛(やまもと・まもる)
一橋大学・一橋大学法科大学院卒業。今西・山本法律事務所所属(2020年~)、弁護士(第一東京弁護士会)。
・スポーツ関係の主要な業務(公表できる範囲):全日本テコンドー協会常務理事/インテグリティ・オフィサー/アンチ・ドーピング委員会委員長、全日本男子プロテニス選手会監事、スポーツ団体支援(顧問、役員等)、スポーツ関係事業者顧問、アスリート代理人、中央大学法学部講師(スポーツ法)。
・学会活動:日本スポーツ法学会 日本テニス学会
本企画は、アンチ・ドーピング分野においてお仕事をする方に取材をさせていただき、普段どのようなお仕事をされているのか、アンチ・ドーピングに関してどんな関わり合いをなさっているかなどをお伺いしていく企画です。
第1回目は、スポーツ弁護士の山本衛先生。弁護士資格を取得後、刑事事件を中心にお仕事をされていましたが、独立してからはスポーツ弁護士としてのお仕事を中心にご活躍されています。
どうしてスポーツ弁護士としてお仕事をすることになったのでしょうか?きっかけを教えてください!
もともと、スポーツ自体は見るのも実際にやるのも好きなのですが、その中でもテニスはとても好きで、中学生からテニスを始めて、大学でも庭球部に所属しました。
スポーツ、特にテニスを通じて得たものはとても多かったですね、継続力とかスタミナとか。
大学生の時から、弁護士になるというのは視野に入れていたのですが、スポーツ弁護士になりたいという気持ちが強いわけではありませんでした。
大学のテニス部時代にコーチをしていただいた方がいました。そのコーチはテニススクールの経営者でもあるのですが、弁護士になってから再会してお話を伺うと、テニススクールの経営において様々な法的問題が内在していることがわかりました。
そうしたお話をしていくうちに、スポーツに関わる人たちが困っていたら自分の専門性で助けたいと思うようになったのです。
その後、そのコーチにはテニススクールの顧問弁護士として雇ってもらうことになったのですが、ここから少しずつスポーツ関連の案件が広がっていきました。私自身も、案件を通じ、自分自身の一部であるテニス、スポーツに専門的な力を使って恩返しができて、とてもやりがいを感じました。
特に、2018年の全日本男子プロテニス選手会の設立は私にとって大きな出来事でしたね。私も設立の時から関わり、選手会が活動を始められたのは、大変感慨深い出来事でした。
まさに、テニス業界に恩返しができたということですね。山本先生は2年前に独立されたとのことですが、そこからお仕事に変化はありましたか?
そうですね、以前の事務所では刑事事件をメインに仕事をし、段々とスポーツの案件を増やしていきました。独立してからは、刑事事件ももちろん取り扱っていますが、スポーツの案件の方を多く取り扱っています。
なぜここまでスポーツの案件が多くなったのでしょうか?
2010年後半からスポーツ業界には不祥事がたびたび起こるようになりました。そのタイミングで、コンプライアンスやガバナンスについてきちんと整備しようという働きかけが起こり、スポーツ庁もガバナンスの指針を作る動きがありました。当然、そうした動きの中でスポーツに詳しい弁護士の需要が高まってきたのです。
海外では以前からスポーツ業界における法的支援はあったのですが、やっと日本にも同様の認識が広がってきたというわけです。このタイミングが後押ししてくれて、スポーツの案件が増えてきましたね。
あとは、スポーツ関係の弁護士ネットワークからの紹介や選手からの依頼もあります。
アンチ・ドーピング分野においては、具体的にどんなお仕事をされていますか?
具体的な事案については話せないので申し上げられる範囲で申し上げますと、アンチ・ドーピング分野の仕事では、常務理事をやっている全日本テコンドー協会で、今年からアンチ・ドーピング委員会の委員長に就任しました。アンチ・ドーピング関係の研修などをおこなっています。
そのほか、スポーツ界でのドーピングをゼロにするという目的で設立されたスポーツファーマシストさんの団体「ドーピング0会」の顧問弁護士なども務めております。
メーカーがサプリメントなどを選手に提供する際の法的責任ついて教えてください。
例えば、提供に関する何かしらの契約書を結んでいるとします。万一、そのサプリメントからドーピング違反が出た場合は、メーカーはどこまで責任を問われる可能性があるのでしょうか?
結局、その契約書をどう解釈ができるのかというところによるのですが、私としては、メーカーも契約上の責任が問われうるのではないかと考えます。
ドーピング禁止物質の有無に関して、契約書に具体的に書かれていなかったとしても、アスリートに対するサプリメントの提供契約なのですから、ドーピング禁止物質が混入していない可能性が高いことを前提に、メーカーは選手に提供しているという契約の解釈がありうると思います。
なので、サプリメントに対して、ドーピング禁止物質の混入がないというある程度の担保は必要だと考えますね。
契約書に「アンチ・ドーピングにおける第三者認証を取得した」「提供するLOTは分析した」などの具体的な品質に関する条項を定めておくことも考えられます。
やはり選手に提供する製品に関してはアンチ・ドーピングに関する検査(認証制度の取得や分析)は必要そうですね!
では契約書を結んでいない場合で、選手が該当のサプリメントなどが原因でドーピング違反となった場合、メーカーはどこまで責任を問われる可能性がありますか?
契約書を結んでいない場合でも「不法行為」といって、契約関係なく損害賠償責任が発生する場合があります。
法律の中には、製造物責任法というものがあります。過失かどうかは関係なく、有すべき安全性を欠いている場合は賠償責任が生じてしまいます。
では、そこで有すべき安全性=ドーピング禁止物質が含まれていないこと、となるのか?という疑問があります。
例えばですが、アスリート向けで出しているサプリメント(例:パッケージに”アスリート向け”と大きく記載)であれば、有すべき安全性にアンチ・ドーピングの観点からの安全性も含んでいるのだという解釈が可能だといえるかもしれません。
一方で、見るからにアスリート向けではないサプリメントなどに関しては、仮にアスリートがそれを摂取してドーピング違反に問われてしまっても、そこまでの安全性が担保された商品とはいえないとして、メーカー側に賠償責任は生じない、という解釈も可能だと思います。個別具体的な事案の判断によりますね。
2021年に、沢井製薬の製品”エカベトNa顆粒66.7%「サワイ」”からドーピング禁止物質であるアセタゾラミドが混入していたケースがあったことは記憶に新しいかと思います。
参考記事:エカベトNa顆粒66.7%「サワイ」訴訟の和解についてのお知らせ https://www.sawai.co.jp/release/detail/524
この事案でも、製造物責任法に基づく請求がなされていたはずです。 本件は和解で終了したことから、製造物責任法違反に関する賠償に関しての先例的な意味は乏しいとは思いますが、サプリメントのコンタミネーションで法的責任が問われそうになった事例として参考になると思います。
2018年にショートトラックの選手がドーピング違反となり、その原因がコンタクトレンズの保存液のせいではないか?という報道がありました。
現在のところ本当の原因については公表されておらず、選手自体は暫定出場停止になったのですが、原因不明にも関わらず選手が「サプリメントのせいかもしれない」「使用している●●のせいかもしれない」と発言することのリスクはあるのでしょうか?
選手にとって発言することのリスクはあるかと思います。きちんと真実を確認した上での発言では許されると思いますが、根拠もなく発言するのは、メーカー側の信用を毀損したとして、逆にメーカー側から法的責任の追及をされるリスクがあります。
山本先生が思うアンチ・ドーピング認証や分析した方がいいメーカーの基準を教えてください。
アンチ・ドーピング認証や分析それ自体については専門外かも知れませんが、法的責任やアンチ・ドーピング規則違反が起こったときの処分などの観点からいうと、やはりサプリメントはできる限り認証を受けるに越したことはないと思います。特に選手向けの製品の場合は、何かしらのアンチ・ドーピング対策をしておくべきかと思います。きちんとアンチ・ドーピング認証を受けることによって、メーカー側もやるべきことをやっているということになりますし、選手側もきちんとしたサプリメントを使ったということで身を守りやすくなります。
また、選手向けに提供契約をするようなものでないにしても、頻繁に選手から問い合わせがあるような製品も、認証を受けるなどして何かしらのアンチ・ドーピング対策をした方が良いかと考えます。
最後に一言お願いいたします!
アンチ・ドーピングの観点で弁護士が登場するというのは、アスリートを含めた一般の方にもまだまだ、なじみがないことだと思います。ですので、こうしたインタビューの機会をいただきましたことにまず感謝を申し上げたいと思います。
アンチ・ドーピングに関する法的問題としては、アンチ・ドーピング規則上の問題だけではなく、本日お話ししたような民事法上の問題もあります。私自身とても関心のある分野なので、今後も研究を続けていくつもりです。