世界で流行!食肉によるドーピング禁止物質の汚染リスク

「食事ではドーピングを疑われるリスクはない」「医薬品はラベルを確認すれば安全」。多くのアスリートはこのように指導されているでしょう。しかし、近年この状況は大きく変わりつつあり、牛肉などの食肉がドーピング禁止物質で汚染されていたり、ラベルに書かれていない利尿薬が医薬品に混入していたりし、ドーピング検査で陽性反応が出るケースが、日本を含め世界中で起きています。

そこでWADA(世界アンチ・ドーピング機構)はJADA(公益財団法人日本・アンチ・ドーピング機構)などから、食肉などが由来でドーピング検査で陽性とする濃度(=閾値)の設定を求められ、2021年6月に「食肉へのドーピング禁止物質の汚染リスク」と「医薬品のラベルにはない利尿薬の混入リスク」に関し注意喚起をしました。今回は「食肉へのドーピング禁止物質の汚染リスク」について解説します。

参照:「食肉汚染と利尿薬のコンタミネーションの可能性に対するWADA最低分析報告濃度の設定(JADA)

なぜ、食肉にドーピング禁止物質が含まれる?

牛や豚など、人が食べることを目的として育てられる動物には、「病気の治療」や「成長の促進」を主な目的として、ホルモン剤を使用することが認められています。このホルモン剤の中には、アナボリックステロイドの様な筋肉増強作用をもつ成分があり、しばしば海外では、出荷を早めることを目的に、動物へ過剰に使用してしまうことがあるようです。そして、大会前日に海外産の牛肉などを食べたアスリートから、筋肉増強作用を持つドーピング禁止物質が検出されてきてしまうのです。

危うく東京五輪出場断念?あの選手も被害に遭っていた

2021年に開催された東京五輪。実は日本代表として参加していた選手が、食肉によるドーピング被害を受けていました。

被害を受けたのは東京五輪、競泳男子日本代表の松元克央選手。ドーピング禁止物質が検出されたのは、開催をちょうど1年後に控えた2020年8月のメキシコでの合宿中でした。そして合宿先のメキシコで抜き打ち検査が行われた結果「クレンブテロール(clenbuterol)」が検出されたのです。

しかし、クレンブテロールの検出量はごく微量であり、更には原因が、クレンブテロールが過剰に使用されたメキシコ産のお肉を、松元選手が知らずうちに食べていたことと判明。結果的に意図的な使用ではないと判断され、違反処分はなく、松本選手は無事に東京五輪へ参加することができたのです。

参照:「松元克央、アンチドーピング規則違反にはあたらず/競泳(サンスポ)

WADAが行った注意喚起の内容

食肉による陽性反応が出る事例は世界中で発生しており、WADAは各国から対策や処罰について明確化する様に説明を求められてきました。JADA(公益財団法人日本アンチ・ドーピング機構)の和訳をもとに、WADAの注意喚起を要約すると以下になります。

<要約内容>アスリートの検体(尿や血液)から「クレンブテロール(clenbuterol)、ラクトパミン(ractopamine)、ジルパテロール(zeranol)、ゼラノール(zilpaterol)の4つの成分(または4つの代謝物)」が検出され「検出濃度が5 ng/mL以下」の場合に食肉由来であったか調査を実施。

<A> 食肉が原因と断定 → 違反にはならない

<B> 食肉以外が原因と断定 → ドーピング違反として処分

参照:食肉汚染と利尿薬のコンタミネーションの可能性に対するWADA最低分析報告濃度の設定(JADA)
引用:Stakeholder Notice regarding potential meat contamination cases(WADA)
(*1):注意が必要な国名の特定なし
(*2):大型種の七面鳥

日本のスーパーで買える国産・海外産の食肉は危険?

WADAはクレンブテロール以外の3つの成分について、注意が必要な国を特定していませんが、日本のスーパーなどで買える国産・海外産の食肉についてもホルモン剤の汚染やドーピングのリスクはあるのでしょうか。

結論、国内で買える食肉にもホルモン剤が使用される可能性は否定できません。しかし、ドーピング違反になるリスクは極めて低いと言えます。

国産の食肉が安全と言える根拠

まず日本の酪農家は海外と異なり、ホルモン剤を使用して成長を早めるような育て方を手段として選びません。というのも、国産の食肉に成長促進を目的としたホルモン剤が含まれるケースはないのです。ただしクレンブテロールのように、動物の治療目的で使用される一部のホルモンが食肉から検出される可能性はあります。しかし、理論上クレンブテロールが使用された食肉を1日で人が食べる最大の量(=TMDI)は0.01(μg/人/日)(*3)。仮に0.01μgすべてが体に吸収されたとしても、ドーピング検査の結果、血液や尿から5 ng/mL以上の濃度でクレンブテロールが検出されてくることはほぼ皆無と言えるでしょう(*4)。

参照:「クレンブテロール(薬事・食品衛生審議会食品衛生分科会)

(*3):国民平均 TMDIの合計

(*4):日本人の成人男女のおおよその平均体重60kgで計算

スーパーで買える海外産の食肉も安全?

一般的な日本のスーパーで買える海外産の食肉の多くは、アメリカ産やオーストラリア産。これらの国では日本とは異なり、病気の治療としてだけではなく、成長促進を目的として使用することも認められています。
ただし日本にはポジティブリスト制度という「ホルモン剤や農薬等が一定量以上含まれる食品の流通を原則禁止する制度」が存在しており、過剰にホルモン剤が使用されたような食肉は極めて輸入されにくくなっています。
また、各3成分のTMDI(*5)から、ドーピング検査の結果、血液や尿から5 ng/mL以上の濃度でそれぞれが検出されてくることは極めて低いと言えるでしょう。

参照:「塩酸ラクトパミン(薬事・食品衛生審議会食品衛生分科会)

参照:「ゼラノール(薬事・食品衛生審議会食品衛生分科会)

参照:「ジルパテロール(薬事・食品衛生審議会食品衛生分科会

(*5) :各国民平均のTMDIの合計:ラクトパミン:4.05(μg/人/日)・ゼラノール:3.9(μg/人/日)・ジルパテロール:1.8(μg/人/日)

アスリートに求められる対策

食肉へのドーピング禁止物質の汚染リスクから、JADAはアスリートに対し以下の対応を求めています。

<JADAが求める対応>

  • 遠征時などには大会組織委員会等から指定された場所での食事をすること
  • 一緒に食事した人や食事場所、食事内容の記録を保管すること
  • レストランやスーパーの領収書を保管すること
  • 陽性反応が出た際、速やかにドーピング調査へ協力すること

2021年のドーピングのルール(=世界アンチ・ドーピング規程(CODE))の変更により、松元選手のようにうっかりドーピングと証明するには、これまで以上に「記録の保管」が重要視されるようになりました。現在は幸いなことに、食事の記録が残るアプリなどが多数存在しています。こういったツールも活用し、自身の身の潔白を守るようにしていきましょう。