要注意!間違えるとドーピングになる、緊急時の点滴・注射

2021年8月24日、JADA(公益財団法人日本アンチ・ドーピング機構)より、「競技会場等で静脈内注入および/又は静脈注射を行う際の注意とTUE」がリリースされました。このリリースにより、「緊急時に点滴や注射を行う場合、『施設』によってはドーピングの対象となる」という『施設』に関するルールが、より明確化されました。

ドーピングを疑われる注射や点滴の行為について

2018年から続く点滴、注射のルール

禁止表国際基準(=ドーピングの禁止リスト)では、ドーピング禁止物質だけではなく「禁止行為(=禁止方法)」についても規制しており、2018年以降は以下の内容で一部の注射や点滴についても禁止しています。

2. 静脈内注入および/又は静脈注射で、12時間あたり計100 mLを超える場合は禁止される。
但し、入院設備を有する医療機関での治療およびその受診過程、外科手術、又は臨床検査のそれぞれの過程において正当に受ける場合は除く。

(引用:2021年禁止表国際基準 禁止方法「M2.化学的および物理的操作

ここで、曖昧として多くの議論を生んできたのが、熱中症など緊急時に行われる『競技会場や練習場の医務室』や『救急車』での点滴や注射です。

2018年以降の禁止表国際基準では、『入院先』で行われる点滴や注射については、前述の通りルールが明確化されています。一方で、『医務室』や『救急車』などいわゆる緊急時に使用する施設などで行う点滴や注射に関するルールについては明確化されていないのです。この曖昧さが結果的に現場に大きな混乱を招いてきました。

救急車での治療は?医務室は?緊急時の対応は曖昧だった

実は2017年までは、禁止表国際基準に注釈として、受診過程の中に「救急搬送中の処置もドーピングから除外する」という文言がありました。つまり『救急車』で12時間あたり計100 mLを超える点滴や注射を行ってもドーピングにならないと明確化されてきた過去があるのです。
2017年禁止表国際基準 禁止方法「M2.化学的および物理的操作

しかし、2018年以降の禁止表国際基準ではその文言がなくなり、また継続して『医務室』などで行われる注射や点滴については、明確化されてきませんでした。この曖昧さから、多くの質問が上がったからなのか理由は定かではありませんが、WADAは改めて明確化に踏み入ったようです。

WADAの見解、アスリートに求める対応

WADAは今回のリリースで以下の見解を出しています。

「医療機関での治療およびその受診過程」処置の起点となる状況は、救急車内で静脈内注入および/又 は静脈注射の処置を開始した場合のみが対象となる。したがって、競技会場等で静脈内注入および/又は静脈注射を開始した場合は、引き続いて病院に 搬送されたとしても遡及的 TUE 申請が必要。

(引用:競技会場等で静脈内注入および/又は静脈注射を行う際の注意と TUE

つまり緊急時、『救急車』で12時間あたり計100 mLを超える点滴や注射を開始した分については、ドーピングになりません。(遡及的TUE申請も不要)

一方、『医務室(入院施設や救急車を除く)』で12時間あたり計100 mLを超える点滴や注射を開始した分はドーピングになるリスクがあるため、実施後は遡及的TUE申請を行う必要があるというわけです。

またJADAは同時にアスリートに対し、以下の対応を求めています。

< アスリートに求める対応 >

1:『医務室』で、12時間あたり計100 mLを超える点滴や注射を開始した場合、病院へ移動した後、速やかに遡及的TUE申請を行う。
2:遡及的TUE申請時に、『医務室』で12時間あたり計100 mLを超える点滴や注射を要する状況であったことを証明する医療情報を添付する。

ルール誤認による日本サッカー界の悪夢

日本には、注射と点滴のルールを運営側が誤認していたことにより、誤ってドーピング違反として処分された悲しい過去があります。事件が発生したのは2007年5月。当時Jリーグの川崎フロンターレに所属し、日本代表にも名を連ねていた我那覇和樹選手にドーピング違反の疑いがもたれたのです。

我那覇選手は数日前から体調が振るわず、薬を飲んでも体調が回復しない状態で激しい練習を続けていたところ、チームドクターが熱中症に近い状態であると判断し、200mLの点滴が実施されました。
2007年当時の禁止表国際基準では、点滴や注射に関し「M2.正当な医療行為を除き、静脈内注射は禁止される。」と規定されていました。そのため医師が判断したうえでの医療行為であれば、ドーピング違反にはなりません。
2007年禁止表国際基準

しかしながら当時のJリーグは点滴に関し「現場の医師が正当な医療行為であると判断した点滴治療であっても、一定の例外的なケースを除き、原則としてドーピング違反に該当する」とWADAのルールには沿わない、誤ったルールを独自に設けていました。そして誤ったルールのまま、我那覇選手に6試合の出場停止処分を、川崎フロンターレには1,000万円の制裁金が求められました。

最終的に、我那覇選手は自身の身の潔白を証明することができましたが、身の潔白を証明するためには1年以上の時間と3,000万円以上の裁判費用、そして、日本代表への招集がなくなっただけではなく、川崎フロンターレからも離れることとなってしまったのです。
この事例以降、運営側のルールの誤認によるドーピング違反者は国内において出てきていませんが、点滴や注射のルールを誤って理解し、治療を受けてしまうとドーピング違反になるリスクはあります。
我那覇選手のような選手を出さないために、アスリートだけではなくサポートスタッフ、運営側も含め、今回のリリース内容を十分に理解し、競技に取り組むようにしましょう。

参考:Jリーグ 川崎フロンターレ我那覇選手 ドーピング誤審事件の残した課題