ドーピングを警戒すべき新型コロナウイルスの治療薬

2020年世界的に猛威を振るう新型コロナウイルス(COVID-19)。国内では5月末に一度落ち着きを見せたものの、6月に入ると20~30代を中心に感染者数が増え始め、10月中旬現在、トップアスリートの感染報道も耳にするようにまでなりました。

ドーピング検査は多くの大会が開催されない関係で以前のように活発ではありませんが、JADA(公益財団法人日本アンチ・ドーピング機構)は、政府による移動制限がない限りドーピング検査を行なうとしています。
「アンチ・ドーピングにおける新型コロナウイルス対応に関するQ&A」について(日本アンチドーピング機構)

今回はアスリート向けに、ドーピングを気にすべき新型コロナウイルスの治療薬を解説します。 なお、以下の症状や治療薬については、厚生労働省が発行する「新型コロナウイルス感染症 COVID 19 )診療の手引き・ 第3版*」に掲載される内容に基づいて紹介しています。
*第3 版は、2020年9月3日現在の情報を基に作成

咳?熱?新型コロナウイルスを疑うべき症状って?

「熱が出た。咳が止まらないし、くしゃみも出る。」この様な症状が現れたら、新型コロナウイルスの感染を疑い始めるのではないでしょうか。しかし、チームメイトや家族以外の人としか会っておらず、また日ごろからマスクをする等、感染予防対策をしていた場合には、新型コロナウイルスの感染を否定したくなるとも思います。
新型コロナウイルスは、感染するとすぐに症状が現れるわけではありません。体内に潜伏する期間は1日~14日とされており、5日前後で症状が発症すると言われています。初期には発熱や咳等ひどい風邪症状が現れるとされ、国内のデータ*によると「発熱」と「咳」が多くのケースで現れるようです。また、特徴的な症状として、においや味を感じにくくなることも報告されています。

感染を疑われたり、陽性と診断されたりした後の対応については最後にまとめていますが、久しぶりに友達等と会って食事をし、5日後前後で熱や咳が出たり、においや味を感じにくくなった場合には、すぐに所属チームやコーチトレーナーなどへ連絡をし、練習などを休みようにしてください。そして、医師や保健所などに早急に連絡を入れ、PCR検査を受ける必要があるかどうかを確認しましょう。

*国立感染症研究所の感染症発生動向調査(2020年2月1日~8月5日)より

新型コロナウイルスの症状とは

PCR検査を受け陽性と診断された場合には、新型コロナウイルスの治療へと移っていくこととなりますが、新型コロナウイルスの治療は、厚生労働省により分類された3つの重症度、「軽症」、「中等症(Ⅰ、Ⅱ)」、「重症」により異なります。
まずは新型コロナウイルスの治療について解説する前に、重症度それぞれの症状について、整理していきます。

軽症:発症から1週間程度で起こる風邪症状

軽症とは、特別な治療を行わなくとも自然に緩和していくことが多い状態のことです。そのため軽症では、入院の必要はなく自宅療養やホテルでの隔離が基本となります。軽症では、発熱や咳といった症状が発症から1週間程度で起こるため、熱を下げる薬(以下、解熱鎮痛薬)や咳を止める薬(以下、鎮咳薬)、空気の通り道を広げ呼吸を楽にする薬(以下、気管支拡張薬)などを医師より処方されることがあります。基本的には規則正しい食事などで様子を見ていくため、点滴での治療や抗ウイルス薬が投与されることはありません。

中等症(Ⅰ、Ⅱ):酸素吸入も求められる入院が必須な状態

発症から1週間以上が経っても風邪症状が治まらず、普段の状態よりも体の中の酸素の量が少なくなっている状態になると、中等症として診断されるようになります。症状によっては酸素吸入が必要になり、主に酸素吸入の必要性の有無などでⅠ、Ⅱに分類されます。
中等症の患者の多くは、ウイルスが「肺胞」という肺の奥の方まで侵入、感染し、肺胞に炎症を引き起こし「肺炎」状態となっています。肺の奥まで感染するため、発熱以外に激しい咳や息切れなども現れます。中等症では入院が絶対条件であり、症状の悪化防止を目的として治療が行われていきます。そのため中等症になると、解熱鎮痛薬や鎮咳薬以外に、重症化を防ぐためのステロイド(糖質コルチコイド)や抗ウイルス薬などの投与が検討されます。

重症:自身での呼吸も難しい、危険な状態

重症では、肺の機能が低下して自身での呼吸が難しく、人工呼吸器が必要な状態になります。重症では基本的には人工呼吸器などを用いた呼吸療法で症状を緩和させながら、抗ウイルス薬やステロイドなどを一緒に使用して様子を見ていきます。重症にまで進むケースは60代以上が主とされます。アスリートの多くは40代以下であるため、新型コロナウイルスに罹患しても重症にまで進むケースは少ないでしょう。
しかし、罹患することで基本的には2週間の自宅もしくは病院での療養となります。そのためシーズン中であるアスリートは試合に出られないことはおろか、ライバル選手に出場の機会を与えてしまうきっかけにもなってしまいます。アスリートの皆さんは隔離期間のことも念頭に置き、感染予防対策に取り組んでいきましょう。

 

新型コロナウイルスの治療薬

2020年10月中旬現在、多くの医薬品が新型コロナウイルスの治療薬として期待され始めていますが、今回は厚生労働省発行の「新型コロナウイルス感染症 COVID 19 )診療の手引き・ 第3 版」に掲載される医薬品に加え、一般的な風邪症状に使用される医薬品に絞り解説します。なお医薬品の名称については、商品名ではなく成分名での記載としています。

「新型コロナウイルス感染症 COVID 19 )診療の手引き・ 第3版」(厚生労働省)

軽症から使用されることが考えられる医薬品

解熱鎮痛薬
解熱鎮痛薬は、新型コロナウイルスの感染による発熱を抑えることを目的に、軽症から使用されます。解熱鎮痛薬の中で、熱を下げることを目的として処方される代表例に、アセトアミノフェンが挙げられます。アセトアミノフェンを代表とする解熱鎮痛薬に該当する成分は、2020年度の禁止表国際基準(以下、ドーピング禁止リスト)には掲載されていないため、アスリートが使用してもドーピング防止の観点から通常、問題はないと想定されます。

鎮咳薬、気管支拡張薬
鎮咳薬や気管支拡張薬は、軽症から現れる咳を和らげるために使用されますが、中には注意が必要な医薬品があります。

・エフェドリン(麻黄・半夏)
エフェドリンは鎮咳作用を持つことから鎮咳薬に分類されます。ただし、興奮作用も持ち合わせることから、ドーピング禁止リスト上ではS6.興奮薬に分類されます。またエフェドリンは、麻黄や半夏という生薬成分にも含まれることが明らかになっています。一般的に、生薬中の成分をすべて明らかにするのは困難であるため、ドーピング防止の観点からアスリートは避けたほうが良いとされます。そのため鎮咳薬として漢方を処方された場合には、麻黄や半夏が含まれていないか確認しましょう。なお、やむを得ずエフェドリンなどのドーピング禁止物質を、新型コロナウイルスの治療として使用する必要性がある場合には、必ずTUE(治療使用特例)申請が必要となりますので、以下手順に沿って申請を行ってください。
TUE申請について(公益財団法人日本アンチ・ドーピング機構)

・ツロブテロール/プロカテロール
ツロブテロールとプロカテロールは気管支拡張作用を持ち、咳症状が長く続き、息苦しさを感じるような時に使用されます。気管支拡張作用を持つ成分は競技中の呼吸を助けることから、ドーピング禁止リストのS3.ベータ2作用薬(気管支拡張作用を持つ成分群)に分類される成分です。ツロブテロールは貼り薬として、プロカテロールは錠剤として頻繁に処方されるため、大変注意が必要な医薬品の1つです。

・サルブタモール/ホルモテロール/サルメテロール
サルブタモール/ホルモテロール/サルメテロールも気管支拡張作用を持つことから、ツロブテロールなどと同様、S3.ベータ2作用薬に分類されます。しかしこれら3つの成分は、吸入薬として喘息の治療に使用されるケースが多いこと等の理由から、3つの成分にのみ吸入の上限量が決まっており、上限量の範囲内で治療に使用される場合には、TUE申請が不要なS3.ベータ2作用薬となっています。
サルブタモール/ホルモテロール/サルメテロールについて(2020年度禁止表国際基準)

中等症以降で使用される医薬品

抗ウイルス薬
新型コロナウイルスの治療で用いられる抗ウイルス薬は、中等症以降で初めて使用が検討されます。2020年9月下旬現在、抗ウイルス薬の中で、現在国内で承認された医薬品(安全性と有効性が確認された医薬品)は、レムデシビルのみです。その他に、ファビピラビルやトシリズマブなども日本のメーカーが主体となって製造販売する抗ウイルス薬として期待されていますが、未だに有効性や安全性が確立できていない状況です。
また、レムデシビルやファビピラビル以外に、抗ウイルス薬として期待される医薬品が厚生労働省のHPにいくつか掲載されていますが、いずれもドーピング禁止表に掲載がないため、使用してもドーピング違反になる可能性は低いです。

ステロイド(糖質コルチコイド)
ステロイドと言っても、アスリートがよく耳にする筋肉を増強するようなステロイド(いわゆるアナボリックステロイド)ではなく、新型コロナウイルスの治療で使用されるのは、炎症を抑えたり、過剰な免疫を抑えたりする作用が期待されるステロイド(糖質コルチコイド)です。ステロイドは使用により重症、中等症の患者の症状が緩和したことから、使用されるケースがあります。医療用のステロイドはドーピング禁止リストにおいて、「経口(口からの摂取)」「静脈内(血管への注射)」「筋肉内(筋肉への直接注射)」「経直腸(坐薬など)」の4つの使用方法は禁止とされているため、注意が必要です。

・デキサメタゾン
デキサメタゾンは2020年8月末時点で、ステロイドの中で唯一新型コロナウイルスに対する有効性と安全性が認められた承認薬です。経口もしくは静脈内へ使用されるケースが想定されるデキサメタゾン。経口、静脈内の使用はドーピング禁止リストにおいて禁止されるため、投与が必要な場合には別途TUE申請が必要になります。症状が緩和した後、遡及的TUEを速やかに申請するとよいでしょう。

・シクレソニド
シクレソニドは、通常喘息の治療に使用される医薬品ですが、新型コロナウイルスに対しての有効性も期待されており、現在研究が進められています。シクレソニドは喘息の治療で用いられる際「吸入」で使用されるため、アスリートが吸入してもドーピング違反にはなりません。しかしながら、新型コロナウイルスに対してのシクレソニドの有効性や安全性は確立されていないため、可能な限り使用前に、医師などに自身がドーピング検査の対象になりうることを伝えましょう。そして、症状が緩和した後には、受けた治療がドーピング禁止リストで禁止される成分、もしくは禁止方法ではないかもしっかりと確認しましょう。

点滴
新型コロナウイルスの症状が悪化し、酸素吸入が必要なほどの中等症となると、自分で薬を飲んだり食事を摂ったりすることが難しくなることが考えられることから、点滴を受ける能性が出てきます。通常、以下の条件を満たさない点滴は、ドーピング違反になる可能性があります

M2. 化学的および物理的操作
2.静脈内注入および/又は静脈注射で、12 時間あたり計 100mL を超える場合は禁止さ れる。但し、入院設備を有する医療機関での治療およびその受診過程、外科手術、又 は臨床検査のそれぞれの過程において正当に受ける場合は除く。

(引用:2020年度禁止表国際基準

病院内での新型コロナウイルス治療を目的とした点滴は、上記の条件を満たすため、ドーピング違反に該当しないことが考えられます。ただし、点滴を使用したことが後に判明すると、場合によってはドーピング違反を疑われる可能性も考えられます。ゆえにアスリートの方々は、念の為に医療施設側から治療目的で点滴を受けた証明書などを発行してもらうとよいでしょう。

アスリートが取るべき対応と注意点

ここまでドーピングに注意すべき医薬品や医療行為について細かく解説してきましたが、最後にアスリートが新型コロナウイルスを疑われた場合や、治療を受けることとなった場合のポイントをまとめます。

<新型コロナウイルスの感染を疑われた場合>
1:まずは感染の疑いをチームに伝え、練習などの参加を控えるようにする
2:医師や保健所に連絡をし、PCR検査を受ける必要があるか確認をする

発熱や咳が続き、新型コロナウイルスの感染が疑われた場合には、すぐにチームや監督に連絡を入れてください。そして練習などへの参加を控え、チームメイトとの接触を控えるようにしましょう。もしも5日以内に一緒に行動したチームメイトなどがいれば、そのチームメイトにも症状を伝え、練習への参加を控えてもらうようにしてください。そして、すぐに医師や保健所へ連絡をし、PCR検査を受ける必要性や今後の行動の注意事項について、指示を受けまるようにしましょう。

<治療を受けることとなった場合>
1:アスリートであることを医療従事者に伝える
2:使用する医薬品、医療行為の安全性を事前に確認する
3:事前に確認した内容の記録を残す

治療を受けることとなった場合、まずは医療従事者へアスリートであることを伝え、治療法の安全性を専門家に判断してもらいましょう。アスリートであることを伝え漏れてしまうと、ドーピング違反になる医薬品や治療法を取られる可能性があります。また可能であれば、使用する前に使用される医薬品の名前などを自身でも確認をし、安全性の確認までしましょう。そして、確認できた場合には記録を必ず残してください。
近年、JADAより報告のあったうっかりドーピングと考えられる事例では、アスリート自身では安全性の確認をしていなかったり、自身では安全性は確認していても医師、薬剤師への確認を怠っていたり、上記3つの対応どれかが曖昧であるケースが目立っています。治療終了後に安心して競技に復帰するために、上記3つの対策の徹底をお勧めします。

今回解説した医薬品は新型コロナウイルスの治療の中で使用される可能性があるものの一部です。医薬品や医療行為の安全性、また対策について不明な点があれば、弊社のドーピング防止専門の薬剤師にお問い合わせください。