【2023年度版】一目で分かる!禁止表国際基準20の変更点
毎年10月上旬頃に更新される禁止表国際基準。2023年度分は20点の変更点がありました。内容としては今まで曖昧であった医薬品の使用方法が明確化されたり、違反事例の多い成分の別名が公開されたりする等、グレーな部分がより鮮明になっています。まずは要点だけ押さえておきたい!という方は、最初の「変更点一覧」と最後の「まとめ」をご確認ください。
参照:「WORLD ANTI-DOPING CODE INTERNATIONAL STANDARD PROHIBITED LIST(WADA)」
※本解説は、WADA(世界アンチ・ドーピング機構)の解釈やJADA(公益財団法人日本アンチ・ドーピング機構)による和訳(日本語版)と解釈が異なる可能性がある非公式版です。 WADAやJADAとの解釈との違いによりドーピング違反になった場合には、(同)イルホープでは一切の責任を追いません。また、(同)イルホープは、JADAとの利害関係はありません。
2023年禁止表国際基準変更点一覧
20の変更点概要 | セクション |
1:17ɑ-メチルピチオスタノールが新たに明示 | S1.蛋白同化薬 |
2:アンドロスト-4-エン-3,11,17-トリオンが別名ともに新たに明示 | S1.蛋白同化薬 |
3:食肉への混入で話題の成分が明示 | S1.蛋白同化薬 |
4:注目のSARMに新たに2成分が明示 | S1.蛋白同化薬 |
5:中分類の番号表記の変更 | S4.ホルモン調節薬および代謝調節薬 |
6:ミオスタチン中和抗体の前駆体が禁止。1成分具体例として明示 | S4.ホルモン調節薬および代謝調節薬 |
7:冒頭の文言が改定 | S5.利尿薬および隠蔽薬 |
8:トラセミドが新たに明示 | S5.利尿薬および隠蔽薬 |
9:利尿薬と一緒に使っても、TUE申請の必要がない成分が明示 | S5.利尿薬および隠蔽薬 |
10:国内未承認の鎌状赤血球症の治療薬が新たに明示 | M1.血液および血液成分の操作 |
11:サプリメントへの混入で話題になったあの成分の別名が追加 | S6.興奮薬 |
12:国内未承認のナルコレプシーの治療薬が新たに明示 | S6.興奮薬 |
13:イミダゾリン誘導体の耳への使用可 | S6.興奮薬 |
14:2024年から痛み止めのトラマドールが禁止! | S7.麻薬 |
15:糖質コルチコイドの耳への使用可 | S9.糖質コルチコイド |
16:特定競技にミニゴルフが追加 | P1. ベータ遮断薬 |
17:水中スポーツも常にベータ遮断薬を禁止へ | P1. ベータ遮断薬 |
18:GnRHアナログ製剤の使用状況を18歳未満の女性選手に対して調査へ | 監視プログラム |
19:ロシア選手から検出され話題になった成分が追加 | 監視プログラム |
20:S7.麻薬の監視プログラムに例が追加 | 監視プログラム |
今年は、「S0.無承認物質」、「S2.ペプチドホルモン、成長因子、関連物質および模倣物質」、「S3. ベータ2作用薬」、「M2.化学的および物理的操作」、「M3.遺伝子および細胞ドーピング」、「S8.カンナビノイド」の6セクションにおいては変更がありませんでした。
S1.蛋白同化薬
1:「17ɑ-メチルピチオスタノール」が新たに明示、男女共に大きな副作用が
17ɑ-メチルピチオスタノール(17ɑ-methylepithiostanol)は、以前日本の塩野義製薬が製造していた「チオドロール(Thiodrol)*」という医薬品の類似物質で、体の中でデソキシメチルテストステロンというドーピング禁止物質に変換される特長を持ちます。
また「エピスタン(Epistane)」などの別名も複数持つことから、今回WADAは明確化する必要があると判断したようです。
*チオドロール(Thiodrol)は現在、PMDA(=独立行政法人医薬品医療機器総合機構)で医薬品検索ができません。しかし、チオドロールの類似物質の「メピチオスタン(販売名:チオデロン)」が国内で医薬品として承認されており、乳がんなどの治療を目的とした医薬品として流通しています。 またメピチオスタンには、妊婦が使用すると胎児に影響(=胎児の催奇形成)があったり、男性が長期的に使用すると性機能が低下したりする報告があります。
2:アンドロスト-4-エン-3,11,17-トリオンが別名ともに新たに明示へ
「アンドロスト-4-エン-3,11,17-トリオン(Androst-4-ene-3,11,17-trione)」が、「11-ケトアンドロステンジオン(11-keto androstenedione)」、「アドレノステロン(Adrenosterone)」といった別名と共に明示されました。
これらの成分も体内で、すでに禁止表国際基準に掲載されている「アンドロステンジオン」、「テストステロン」から変換される成分でありましたが、WADAが明確化の必要性があると判断したようです。 また明示された成分の中に、国内で医薬品として承認を受けている成分はないため、うっかりドーピングになるリスクは極めて低いと言えます。
3:食肉への混入で話題になった、ラクトパミンが新たに明示
ラクトパミン(Ractopamine)は、牛などを飼育する際に、一部の国で承認されるベータ作用薬の1種。禁止表国際基準に掲載されるベータ作用薬の多くは「呼吸を楽にすること」が期待され禁止されていますが、ラクトパミンには「筋肉増強作用」が期待されています。そして一部の国では筋肉量増加を期待して、牛や豚の体重増加、赤身肉割合の向上を目的に、ラクトパミンを意図的に飼料に混ぜて使用しているのです。
ラクトパミンは医薬品としての国内流通はありませんが、WADAは2021年にラクトパミンなどが牛や豚などの【食肉】に混入するリスクがあると、注意喚起を行うまでに発展したリスクのある成分です。なお、食肉由来で陽性反応が出た際の対処方法が不安な方は、以下をご確認ください。
参考:牛や豚に使用される肥育促進剤(肥育ホルモン剤、ラクトパミン)について(Q&A)(厚生労働省)
4:注目のSARMにS-23 と YK-11が新たに明示
「S-23」と「YK-11」が明記された理由は明らかになっていませんが、これらが分類される【SARM】という成分群では、サプリメントへの混入事例が相次いでいます。2022年には同じSARMに分類されるオスタリンが国産のサプリメントに混入し、日本のアスリートがドーピング違反にもなっています。
リスクの高さから注目を集める成分群SARMに分類される成分であるため、明言に至ったのではないでしょうか。
参照:オスタリンのサプリメントへの混入による違反事例(=2021-001事件(JADA))
S4.ホルモン調節薬および代謝調節薬
5:中分類の番号表記の変更
2022年までは【「1.」アロマターゼ阻害薬】といったように、中分類の番号(1~4)のみが中分類のタイトルに表記されてきました。しかし2023年からは、より分かりやすくすることを目的に、中分類の前にセクションを表す番号が明記され【「4.1」アロマターゼ阻害薬】といった表記に変更になっています。
なお、表記の変更によるグループ分けの変更などはありません。
6:ミオスタチン中和抗体の前駆体も禁止。例としてアピテグロマブが明記へ
ミオスタチンという筋肉の増強を抑える成分を阻害することで、筋肉増強作用等を狙うことが期待されるミオスタチン中和抗体。2023年からは、ミオスタチン中和抗体の「前駆体」も禁止されることが明記されました。
その一例として、脊髄性筋萎縮症の治療目的でアメリカの企業が開発中の「アピテグロマブ(apitegromab)」が明記。なお国内でも医薬品として承認されていないため、国内アスリートがうっかりドーピングになるリスクは低いと言えるでしょう。
参考:アピテグロマブの製品情報(SCHOLAR ROCK社)
S5.利尿薬および隠蔽薬
7:冒頭の文言が改定
改定理由は、“S6.興奮薬など他のセクションと文言の調和を図るため”としています。
【改定前】以下の利尿薬と隠蔽薬、および類似の化学構造又は類似の生物学的効果を有する物質は禁止される。
(引用:2022年禁止表国際基準 JADA和訳版)
【改定後】すべての利尿薬と隠蔽薬(関連するすべての光学異性体[d体およびl体等]を含む)は禁止される。
8:トラセミドが新たに明示
禁止表国際基準には初めて明示されたトラセミド(Torasemide)。ただしWADAが発行する他の検査などに関する文章(技術文書(TD MRPL)、WADAテクニカルレター(TL24))には禁止物質として公開されてきた成分です。またトラセミドはルプラックなどといった名称で国内流通する医薬品で、やむなく使用しなければならない場合にはTUE申請が必ず求められる成分でもあります。
参照:WADA Technical Document – TD2022MRPL
9:利尿薬と一緒に使っても、TUE申請の必要がない成分が明示
今まで、使用上限量(=閾値)が設定されているドーピング禁止物質(例:ホルモテロール、サルブタモー ル、メチルエフェドリンなど)であっても、「S5.利尿薬および隠蔽薬」に該当する成分と一緒に使用する場合には、使用量に関わらずTUE申請が必要とされてきました。
しかし2023年から以下に該当する成分・使用方法は、「S5.利尿薬および隠蔽薬」に該当する成分と一緒に使用してもTUE申請が不要となります。
1)炭酸脱水酵素阻害薬(ドルゾラミド、ブリンゾラミド等)を点眼薬として、一緒に使用する場合
2)フェリプレシンを歯科麻酔として、一緒に使用する場合
M1.血液および血液成分の操作
10:ボクセロトールが新たに明示
鎌状赤血球症の治療目的でアメリカでは医薬品として流通する、ボクセロトール(Voxelotor) が新たに明示されました。
ボクセロトールは、鎌状赤血球症患者の異常な形状の赤血球を正常化することで、体内に酸素が行き渡りやすいようにし、結果的に貧血症状を防ぐことが期待されています。
しかしWADAは、酸素が行き渡りやすくなることで呼吸が楽になる側面だけではなく、健康な人が使うことでヘモグロビン濃度が異常に増えすぎてしまう副作用の側面も危険視し、ドーピング禁止物質として明示することに至ったようです。
参照:ボクセロトール(Voxelotor)の製品情報(GBT社)
S6.興奮薬
11:サプリメントへの混入が相次いだ「メチルヘキサンアミン」などに別名が明示!
「4-メチルヘキサン-2-アミン」と「5-メチルヘキサン-2-アミン」に、それぞれ別名が新たに明示されました。ちなみに4-メチルヘキサン-2-アミンは別名に「メチルヘキサンアミン」を持ち、サプリメントへの混入が国内でも話題になった成分です。
明示された背景はWADAから明かされていませんが、多くの別名を持つ成分であるため、サプリメントメーカーやアスリートが混乱するリスクがあると判断し、明示されたのではないかと考察できます。
4-メチルヘキサン-2-アミンに追加された別名
・1,3-ジメチルアミルアミン(1,3-dimethylamylamine)
・1,3 DMAA
5-メチルヘキサン-2-アミンに追加された別名
・1,4-ジメチルアミルアミン(1,4-dimethylamylamine)
・1,4-DMAA
12:ソリアンフェトールが新たに明示
ナルコレプシーの治療目的でアメリカでは医薬品として流通する、ソリアンフェトール(Solriamfetol)が新たに明示されました。WADAは明示した背景を、様々なメカニズム*が結果的に覚醒作用をもたらすためとしています。なおソリアンフェトールは日本では医薬品として承認されていない成分です。
*ドパミンおよびノルエピネフリン再取り込み阻害剤として、ヒトの神経伝達物質の脳内レベルを上昇させることで、結果的に覚醒作用を発揮。
参照:ソリアンフェトール(Solriamfetol)の製品情報(axsome社)
13.:イミダゾリン誘導体は耳への使用可。テトリゾリンも明示へ
今までイミダゾリン誘導体に該当する成分は「皮膚・鼻・眼」への使用であれば禁止されませんでしたが、加えて「耳」への使用も禁止されないことが明記されました。更に、テトリゾリン(Tetryzoline)もイミダゾリン誘導体の例として明示。現在国内では医薬品としての承認のない成分ですが、イミダゾリン誘導体に該当する成分は、使用方法によっては危険性のあることに注意が必要です。
S7.麻薬
14:2024年から痛み止めのトラマドールが禁止!
これまでトラマドール(Tramadol)は監視プログラムに分類されていましたが、【2024年1月1日】からドーピング禁止物質として規定されることが決定しました。
まずトラマドールは、乱用することで身体依存、中毒などを招くことが懸念されており、更にWADA が主導した調査(*1)では、スポーツにおける身体的パフォーマンスを向上させる可能性も確認された成分です。
また、WADAの報告によると、自転車競技・ラグビー・サッカーを含むスポーツでの使用が顕著であることが示されており、更にUCI(国際自転車競技連合)が公開する2017年の調査報告によると、オリンピック競技に指定される35競技で実施したドーピング検査のうち、トラマドールが検出された尿の68%は、自転車競技に属するアスリート由来ということでした。
通常、リスクと使用状況が分かっていればすぐにでも禁止されますが、トラマドールは椎間板ヘルニアなどの慢性的な痛みを改善する目的で、国内でも医薬品として一般流通しています。そのためWADAは情報拡散に十分な時間が必要と判断し、トラマドールの禁止を【2024年1月1日から】と決定したようです。
ちなみに自転車競技では、2019年よりすでにトラマドールを個別にドーピング禁止物質に指定し、使用を禁止しています。自身が行う競技は安全か、アスリートは今一度確認することをお勧めします。
*1:a) Holgado D, Zandonai T, Zabala M, Hopker J, Perakakis P, Luque-Casado A, Ciria L, Guerra-Hernandez E, Sanabria D. Tramadoleffects on physical performance and sustained attention during a 20-min indoor cycling time-trial: A randomised controlled trial.J Sci Med Sport. 2018 Jul;21(7):654-660.
b) Mauger L, Thomas T, Smith S, Fennell C. (2022). Is tramadol a performance enhancing drug? A randomised controlled trial.British Association of Sport and Exercise Medicine Conference, 26-27 May 2022, Brighton, UK.
S9.糖質コルチコイド
15:耳への使用が問題ないことが明記
今まで糖質コルチコイドは、医薬品メーカーが指定する使用量であれば「吸入、歯根管内、皮膚、鼻腔内、眼、肛門周囲」へ使用することは問題ありませんでした。そして今回、「耳」への使用も禁止されていないことが明らかになったのです。2022年に大きな変更があった糖質コルチコイド。競技会の何日前であればTUE申請は不要なのか、ウォッシュアウト期間などが不安な方は以下をご確認ください。
参考:糖質コルチコイドの治療はいつやめるべき?~ウォッシュアウト期間〜
P1. ベータ遮断薬
16:特定競技に、ミニゴルフが追加
世界ミニゴルフ連盟 (WMF) の要請により、ベータ遮断薬が禁止されているスポーツとしてミニゴルフを含めることが合意。ミニゴルフに必要なスキルは、ゴルフやビリヤードなど、すでにベータ遮断薬が禁止されているスポーツ分野で見られる他のスキルと似ていることが追加背景にあるようです。
17:水中スポーツも、常にベータ遮断薬を禁止することに
世界水中連盟 (CMAS) の要求により、水中スポーツ(フリーダイビング、スピアフィッシング、ターゲットシューティングのすべての種目)において、今まで競技会時のみ禁止していたベータ遮断薬が、競技会外でも常に禁止されることとなりました。
これで、ベータ遮断薬が常に禁止される競技は、「アーチェリー」「射撃」「水中スポーツ」3つの競技群となります。
監視プログラム
18:GnRHアナログ製剤が「S2」の監視プログラムの一例として追加
18歳未満の女性における、競技会時、競技外での使用パターンを確認することを目的に「S2 ペプチドホルモン、成長因子、 関連物質および模倣物質」の監視プログラムの一例に追加されました。
18歳未満の女性に限定している背景は明らかになっていませんが、GnRH(ゴナドトロピン放出ホルモン)アナログ製剤に該当する成分の中には、男性ホルモンに影響を及ぼす可能性のある医薬品もあるため、使用状況を把握することとなったのではないかと考察できます。
19:ロシアの選手から検出され話題になった、ハイポキセンが一例に追加
ハイポキセン(Hypoxen (=ポリヒドロキシフェニレンジチオスルホン酸ナトリウム) )は、2022年北京五輪でドーピング違反が強く疑われたロシア出身のカミラ・ワリエワ選手から、禁止表国際基準の「4.4.代謝調節薬」に分類されるトリメタジジンと一緒に検出されたことで一時話題になった成分です。
ワリエワ選手の一連の報道の中で、「トリメタジジンは、ハイポキセンとl-カルニチンと一緒に使用することで、持久力を高め、疲労を軽減し、酸素使用効率を高めることを目的としているようだ」と、USADA(米国アンチ・ドーピング機構)の会長が指摘しています。追加された背景は明らかになっていませんが、上記の背景から監視プログラムの一例に追加されたのではないでしょうか。
参照:五輪=ワリエワ検体、指定外の心疾患薬2種類も検出─報道(ロイター通信)
20:「S7」の監視プログラムの一例として、デルモルフィンが追加
競技会中の使用パターンを調査する目的で、デルモルフィン(Dermorphin)とその類似体が追加されました。
まとめ
2023年の変更点は、2022年の変更点と比べると大きな変更はなかった印象を受けますが、食肉への混入リスクが報告されるラクトパミンが明記されたり、糖質コルチコイドなどの耳への使用が問題ないこと等が明記されたり、ルールが曖昧でスポーツファーマシストなどの専門家も混乱を招いていた内容が、より明確化された印象を受けます。
最後になりますが、アスリートやスポーツファーマシストをはじめとするサポートスタッフに押さえていただきたいのは次の3点です。
・(14)【2024年1月1日】から、痛み止めとして使用されるトラマドールが禁止に
・(13,15)イミダゾリン誘導体と、糖質コルチコイドの「耳」への使用はTUE申請不要
・(9)利尿薬と一緒に使っても、TUE申請の必要がない成分が明示
今回の変更点だけではなく、ドーピングについて分からない、判断がしにくい点は弊社所属のスポーツファーマシストまでお気軽にご相談ください。