ドーピング禁止物質とは?現役スポーツファーマシストがわかりやすく解説(医薬品編)

近年のスポーツ界では「ドーピング」が大きな問題として取り上げられています。しかし、「ドーピング禁止物質とは何か」「なぜ禁止されているのか」「どうやって避けるのか」などを正しく理解している人は意外と少ないかもしれません。

本記事では、アスリートから運動愛好家、指導者まで誰にもわかりやすく、ドーピングの基本からWADAの禁止リスト、禁止薬物が含まれる製品の例、そしてアスリートがドーピング違反を防ぐための対策について解説します。

ドーピングとは?基本の定義と仕組み

ドーピングとは、「スポーツにおいて禁止されている物質や方法によって競技能力を高め、意図的に自分だけが優位に立ち、勝利を得ようとする行為」のことを言います。
ドーピング禁止物質を意図的であるかどうか関係なく、「知らずに摂取した場合」でもドーピング検査で陽性が出れば違反となります。つまり、「うっかり」でもドーピング規則違反として処分されてしまうのです。
スポーツにおいてはフェアプレーが重視されており、ドーピングが蔓延すると「スポーツの価値」を壊してしまいます。スポーツの価値を守っていくためにも、アンチ・ドーピングの考え方は重要になってきます。

そして、アンチ・ドーピングは倫理だけの問題ではありません。1980年代にステロイドによる副作用により、旧東ドイツの女性アスリートが男性に性転換する事例がありました。そのアスリートは10代の時から、何年にもわたって東ドイツの当局により、無告知でアナボリックステロイドの組織的ドーピングを受け続けた事が原因で、身体が男性的になっていったと言われています。現在、性転換を行い男性として生活しているようです。このように医薬品を治療目的以外で使用することで、人生を大きく変えてしまう危険性があります。以上のことから、ドーピングはスポーツの価値だけでなくアスリート自身の健康を奪ってしまうので、アンチ・ドーピングを遵守する必要性があります。

参考資料:

アンチ・ドーピングとは_公益社団法人日本アンチ・ドーピング機構(JADA ) 

スポーツにおける「性別問題」-「女性」アスリートに向けられるまなざし

WADAが定めるドーピング禁止物質とは?

ドーピングに関するルールは、世界アンチ・ドーピング機構(WADA)が定めており、毎年更新される「禁止表国際基準」に従って運用されています。(2025年1月1日〜12月31日まで適応)

このリストには、ドーピング検査の実施形態等により、禁止となる物質と方法が異なるため、「常に禁止される」、「競技会(時)に禁止される」、「特定競技において禁止される」に分類されています。ドーピング禁止物質は、WADA(世界アンチ・ドーピング機構)が毎年改訂・公表している「禁止表」に基づいて定められており、約250種類以上の物質およびその類似物質が対象となります。

禁止される主な物質には、筋力増強を促すステロイド、興奮剤、ホルモン類、利尿剤、さらには痛み止め薬や風邪で使用される気管支拡張薬まで含まれます。

詳しくは次に記載する「2025年禁止表国際基準」をご確認ください。

繰り返しになりますが、1年ごとに禁止物質は更新されるので、昨年使用できていた薬が今年から使用できなくなることもあります。毎年チェックする必要があります。

禁止国際基準とは

スポーツにおいて使用が禁止される物質と方法を、それぞれ「禁止物質」・「禁止方法」といいます。禁止物質と禁止方法は、全世界・全スポーツ共通のルールとして、世界アンチ・ドーピング規程の国際基準の1つである「禁止表国際基準(Prohibited List:禁止表)」に掲載されています。

出典:Clean Sports Athlete site_日本・アンチドーピング機構

ドーピング禁止物質に指定される主な成分と製品例

ここからは、ドーピング禁止物質に指定される成分について解説します。

ドーピング禁止物質は大きく「常に禁止される物質」と「競技会(時)に禁止される物質」2つに分類されます。それでは各項目について確認していきましょう。          

常に禁止される物質

WADAが定める常に禁止される物質とは、「競技中」「競技外」の区別なく、常に禁止されているドーピング禁止物質です。禁止国際基準では5項目に分類されています。

S0 無承認物質

S1 たんぱく同化薬 

S2 ペプチドホルモン、成長因子、関連物質など     

S3 ベータ2作用薬      

S4 ホルモン調整薬および代謝調整薬

S5 利尿薬および隠蔽薬

このセッションで特に注意したい成分を解説していきます。

S1:たんぱく同化薬

いわゆるアナボリックステロイド(筋肉増強剤)がこのカテゴリに含まれます。筋肉の成長を促す作用があり、競技力を不正に高める目的で使用されることが多いため、厳しく禁止されています。

参考資料:たんぱく同化薬の違反事例

https://npb.jp/anti-doping/doc/doc_20080628.html

https://www.playtruejapan.org/entry_img/2023-006.pdf

S2:ペプチドホルモン、成長因子、関連物質など

身体の代謝や細胞の増殖に関わるホルモンが含まれます。持久力や筋力の向上、回復力アップなどを目的に不正使用されるケースがあります。

代表例:エリスロポエチン(以下、EPO)、成長ホルモン(hGH)、インスリン様成長因子(IGF-1)

その中でもEPO製剤は腎性貧血で使用され、内服薬もあるためより注意が必要です。EPO製剤を使用する場合は治療使用特例(TUE)が必要になります。TUE申請について初めて聞く方もいると思うので解説していきます。

TUE申請の概要

治療使用特例(Therapeutic Use Exemptions : TUE)は、『禁止物質・方法』を治療目的で使用したいアスリートが申請して、認められれば、特例としてその『禁止物質・方法』が使用できる手続きです。

  • 対象者:ドーピング検査の対象となる競技者(アスリート)
  • 申請先:国際大会 の場合は 国際競技連盟(IF)、国内大会 の場合は 日本アンチ・ドーピング機構(JADA)など

ドーピング検査国内最高レベルの大会に出場するアスリートは日本アンチ・ドーピング規程に従う必要があります。国内最高レベルの大会で検査が行われる可能性が高いため、ドーピング禁止物質に該当する薬を服用する場合は、事前にチームや医師、スポーツファーマシストに相談する必要があります。アスリートカテゴリーによっても対応が異なってきますので、次に記載するツールを使って調べてみることをお薦めします。

【国内最高レベルの大会】https://www.playtruejapan.org/code/tue.html

【アスリートカテゴリーチェッカー】https://www.realchampion.jp/checker_category/

【TUEチェッカー】https://www.realchampion.jp/checker_tue/

次にTUE申請の要件や流れについて説明します。

TUE申請の要件(WADAの4基準)

1:適切な臨床的証拠に基づく診断であること

2:当該疾患に対する適応治療であり、禁止物質以外の物質に代えられる治療方法がない

3:健康を取り戻す以上に競技力を向上させない

4:ドーピングの副作用に対する治療ではない

TUE申請の流れ

1:治療前の確認:使用予定の薬剤や治療法が禁止物質・方法に該当するかを確認します。

2:申請書類の準備:必要な医療情報を含む申請書を作成します。

3:申請の提出:原則として、治療開始の30日前までに申請を行います。

4:審査:医師で構成されたTUE委員会が審査を行います。

5:結果の通知:申請が承認されれば、特例として禁止物質・方法の使用が認められます。

参考資料:TUE申請手続きの流れ_日本アンチ・ドーピング機構

遡及的TUE申請

緊急治療など、事前にTUE申請ができなかった場合には、遡及的に申請することが可能です。ただし、以下の条件のいずれかを満たす必要があります。

・緊急治療や救急症状の治療で禁止物質や禁止方法を使用した場合

・国際レベルアスリートまたは国内レベルアスリート以外のアスリートが治療を目的に禁止物質または禁止方法を使用した場合

・アスリートが治療目的のために、競技会(時)においてのみ禁止された禁止物質を、競技会外で使用した場合

・ドーピング検査を受ける前にTUE申請を提出する、またはその審査を受けることの妨げとなる、時間や機会の不足、または他の例外的な事情があった場合

参考資料:遡及的TUE申請_日本アンチ・ドーピング機構

スポーツファーマシストの役割

スポーツファーマシストは、アスリートがTUE申請を適切に行えるよう、以下のような支援を行います。

・使用中の薬がドーピング禁止物質かどうかの確認

・医師やトレーナーと連携して申請書類作成をサポート

・必要な文書(診断書・検査結果等)の整備に関する助言

・申請のタイミングや審査の流れに関する情報提供

参考資料:

申請書式「TUE(治療使用特例)に関する書式」_日本アンチ・ドーピング機構 

TUE申請の流れ_日本アンチ・ドーピング機構

S3:ベータ2作用薬(β2刺激薬)

主に喘息治療薬として使用される成分です。吸入薬としては一定範囲で認められていますが、全身投与や過剰摂取はドーピング規則違反違反となります。成分によって対応が異なってくるので、以下のリンク先を参照してください。

参考資料:                             

2025年ぜんそく治療で使用可能な薬と避ける薬_日本水泳連盟

吸入ベータ2作用薬のネブライザー使用の禁止に関する注意喚起_日本アンチ・ドーピング機構

S5:利尿薬および隠蔽薬(マスキング剤)

体内の水分を排出し、体重を一時的に落とすことができる薬です。また、他の禁止薬物の存在を隠す(マスキング)目的で使われることもあります。利尿剤はむくみ以外に高血圧の治療やめまいで使用されることがあり、注意が必要です。

競技会(時)に禁止される物質

「競技会時」とは、大会の前日午後11時59分から大会終了までの期間をいいます。

参考資料:競技会時とは_日本アンチ・ドーピング機構 

S6 興奮薬                                   

S7 麻薬                                    

S8 カンナビノイド                               

S9 糖質コルチコイド                              

P1 ベータ遮断薬

このセッションで特に注意したい成分を解説していきます。

S6:興奮薬

エフェドリンという成分が気管支拡張作用により咳を鎮め、鼻粘膜血管収縮作用により便粘膜の充血を改善します。そのため、市販薬の風邪薬や漢方薬に多く含まれます。総合感冒薬(風邪薬):エフェドリン、プソイドエフェドリン含有が多い鼻炎薬(内服):エフェドリンやプレドニゾロン(ステロイド)含有製品もあります。

S9:糖質コルチコイド

糖質コルチコイドは、抗炎症作用 、抗アレルギー作用 、筋肉・関節の腫れ・痛みの緩和 があります。禁止理由としては、アスリートの労作時筋肉痛緩和、疲労閾値上昇など使用することでフェアプレー精神から逸脱すると言われています。また、2022年1月1日から競技会時において、糖質コルチコイドの注射が禁止となりウオッシュアウト期間が設定されましたので詳細は下記のURLを参照してください。

参考資料:糖質コルチコイドの注射使用_2022年1月1日からの重要な変更点_日本アンチ・ドーピング機構

ドーピング違反を防ぐには?アスリートが取るべき対策

アスリートやスポーツ愛好者がドーピング違反を防ぐには、口に入れるものは全て確認と記録をした上で服用することです。今回はその確認方法をお伝えします。

ドーピング禁止物質検索ツールを使いこなそう

まずはdinx(doping index)を使用しましょう。市販薬を調べる時におすすめです。バーコードを読み込ませるだけで、ドーピング禁止物質に該当するかすぐに検索することができます!

▼dinx(doping index)公式HPとアプリダウンロードはこちら

また、Global DROを使用しましょう。禁止国際基準に基づいた検索サイトです。特定物質や競技ごとで対応が異なる物質にも幅広く検索することができます。

▼公式HP:Global DRO

薬やサプリメントを使用する前にスポーツファーマシストへ相談

全国に13,114名(2025年4月1日現在)の認定者がいます。その中でも、アスリート個人サポート、チームへの所属から学校薬剤師や薬剤師会など所属先などで得意分野や対応できる内容など様々です。アスリートの方は、自分に合ったスポーツファーマシストを見つけておくことがおすすめです。こちらからお近くのスポーツファーマシストに相談してみましょう!

▼スポーツファーマシスト検索はこちら

ドーピング禁止物質を避けるには日頃から確認を

ここまで医薬品編についてのドーピングの基礎から対策までお伝えしてきました。近年の医薬品に関するドーピング違反事例は、「うっかりドーピング」が多く報告されています。それを防ぐためには、日頃から検索アプリやツールを使い調べる癖を付けることやスポーツファーマシストに相談することが重要になります。迷った時は必ず相談してから服薬するようにしましょう。次回はサプリメントやプロテインなどについて解説してきます。

【記事の執筆】大西 伴幸(薬剤師 / JADA公認スポーツファーマシスト / 漢方認定薬剤師 / スポーツ栄養アドバイザー等)

愛媛県松山市出身。2015年に松山大学薬学部を卒業。

2016年に大手チェーン薬局で管理薬剤師や在宅医療推進チームで活動した後、2021年に松山に戻る。松山の薬局で在宅医療に携わる中で薬局業界では当たり前のことが世間では浸透していないことを知り、薬剤師の機能を地域住民に知ってほしいと思うように。2024年8月から活動に幅を持たせるため、Start nowを開業。地元に愛される薬局の開業を実現するために、地域に飛び出している。

スポーツの分野に関してはスポーツファーマシストとして、プロアマ問わずアンチ・ドーピングセミナーを2025年1月までに30本開催しており、アンチ・ドーピングだけでなくアスリートコンディショニングの重要性をアスリートに伝えている。