ドーピング違反になる可能性はある?~新型コロナウイルのワクチン~

ドーピング違反に?新型コロナウイルスのワクチン

2021年3月現在も世界的に猛威をふるい続ける新型コロナウイルス(COVID-19)。アスリートの多くは重症化しにくい年齢層に属していることから、感染に対しあまり恐怖心がないかもしれません。
しかし2週間の隔離期間は、試合の出場機会を失うだけではなく、ライバル選手にチャンスを与えるきっかけともなるため、非常に厄介なウイルスということに違いないでしょう。

今回は、2021年2月より国内でも摂取が開始された新型コロナウイルスのワクチンについて、アスリートがワクチン接種に関しても安全か自身で判断できるよう、少し深堀して解説します。


なお新型コロナウイルスの治療に関するドーピングの危険性や、感染の疑いが生じた際の行動については、以下のコラムを参考にしてみてください。
ドーピングを警戒すべき新型コロナウイルスの治療薬

ワクチンの有効性と副反応

ワクチンはどのようにして効くの?

まずワクチンを説明するうえで、免疫について少し知る必要があります。
ヒトはウイルスなどに感染すると、「抗体」というタンパク質が作り出されます。抗体は作り出されても、直接的にウイルスを攻撃するわけではありません。ウイルスにくっつくことで攻撃を得意とする細胞に、攻撃する様に知らせるなどといった役割をするのです。

この抗体を作らせる仕組みを利用しているのがワクチンです。ワクチンはウイルスに似た構造などをしており、摂取することで抗体を意図的に作らせることができるのです。

従来とは違う!新型コロナウイルスのワクチン

従来日本国民が摂取してきたワクチン(生ワクチン、不活化ワクチンなど)は、ウイルスを弱毒化したものなどでした。
そしてウイルスに似たものをワクチンとして摂取することで、自然に近い形で抗体を作ることができた一方、ウイルスに感染したときと同じような症状が現れるなどといったデメリットがありました。

しかし2021年3月現在、日本で唯一承認されているファイザー株式会社製の新型コロナウイルスのワクチン「コミナティ筋注」は、「mRNA(メッセンジャーRNA)ワクチン」と言われる、従来のワクチンとは働く仕組みが大きく異なるワクチンなのです。
mRNA(メッセンジャーRNA)というのは、タンパク質を作るための遺伝情報をもったもので、いわば抗体を作るための設計図。そして新型コロナウイルスに関するmRNAという設計図を体内に入れるだけで、新型コロナウイルスに対する抗体ができてしまうという仕組みなのです。

気になる副反応。パフォーマンスに影響は?

従来のワクチンは、弱毒化などの工夫をしたとはいえ、ワクチン接種によるウイルスの感染リスクという危険性もありました。さて、ファイザー株式会社製の新型コロナウイルスのワクチン、コミナティ筋注にはどのような副反応があるのでしょうか。

重大な副反応
・ショック、アナフィラキシー(頻度不明)

その他の副反応
・局所症状(注射部位): 疼痛(84.3%)、腫脹 (10.6%)、発赤・紅斑
・精神神経系:頭痛(55.1%)
・消化器:下痢(15.5%)
・筋・骨格系:筋肉痛(37.9%)、関節痛(23.7%)
・その他:疲労(62.9%)、悪寒 (32.4%)、発熱(14.8%)

(引用:コミナティ筋注 添付文書(一部抜粋))

「痛い!」新型コロナウイルスのワクチン接種

まず、5%以上の頻度で起こるその他の副反応について。
コミナティ筋注は製品名にある通り、筋肉に注射を行います。具体的には皮膚の表面から13~20mm程度の深さまで筋肉に届くよう、直角に注射します。
筋肉の周りには多数の神経があることから、痛みも感じやすい場所です。ゆえに、84.3%で注射部位に痛みが生じたり、37.9%で筋肉痛が生じたりするのは、当然と言えます。

なお、インフルエンザのワクチンなどの場合は皮下注射で、注射針が6~11mm程度までしか刺しません。ゆえにインフルエンザのワクチンで痛みを感じなかった人も痛みや筋肉痛を感じる可能性はあります。
新型コロナウイルスのワクチンは摂取後に悪寒や発熱といった副反応も起こるリスクが高いため、ワクチン摂取日は一日オフにした方が良いでしょう。

アナフィラキシーショックは起きやすい?

なお、重大な副作用に該当するアナフィラキシーショックは、アメリカ人などと比較して起きやすいという報道もあります。
しかし、アナフィラキシーショック自体、どのワクチンを使用しても起こる可能性があることに加え、国内での新型コロナウイルスのワクチン接種は開始されてから期間も短くデータが少ないため、現段階で日本人に起きやすいかどうかは判断が難しいです。
厚生労働省が公開するデータ的からすると備える必要はありますが、過度に怖がる必要はないという専門家の意見も多く散見されます。

遺伝情報、精子や卵子に影響は?

「新型コロナウイルスのワクチンは遺伝情報をもつため、遺伝子に影響する」と考えるかとも中にはいるのではないかと考えます。そしてこれからの子供に影響が出たら、と。

あくまで理論上での話になりますが、結論、遺伝情報を組み替え精子や卵子に影響を及ぼすようなことはありません。
mRNAというのは、DNAの一部の遺伝情報をもった、抗体などのタンパク質を作るための設計図です。DNAからmRNAが作られる流れはありますが、mRNAからDNAを作るという流れはあり得ません。流れは一方通行なのです。
また、mRNAは数分から数日という時間で分解されてしまうため、残り続ける心配もありません。ゆえに、DNAの遺伝情報が書き換えられるようなことはあり得ないのです。

ママさんアスリートも安心?

厚生労働省によると、妊婦中もしくは妊娠の可能性がある女性アスリートがワクチン接種を行っても、流産などのリスクが高まることはないと発表しています。同様に授乳中の女性アスリートも、現段階では懸念点はないと厚生労働省は判断しています。
ただし、両ケースとも主治医とよく相談したうえで、ワクチン接種をするようにしましょう。

参照:新型コロナワクチンについてのQ&A (厚生労働省)

新型コロナウイルスのワクチンはドーピングに?

新型コロナウイルスの治療の過程では、ドーピング違反になる成分が使用されるケースがあります。ではファイザー株式会社製の新型コロナウイルスのワクチン、コミナティ筋注の摂取は、ドーピング違反になるのでしょうか。

有効成分:トジナメラン

添加物:[(4-ヒドロキシブチル)アザンジイル]ビス(ヘキサン-6,1-ジイル)ビス(2- ヘキシルデカン酸エステル) /  2-[(ポリエチレングリコール)-2000]-N,N-ジテトラデシルアセトアミド /  1,2-ジステアロイル-sn-グリセロ-3-ホスホコリン / コレステロール / 精製白糖 / 塩化ナトリウム / 塩化カリウム / リン酸水素ナトリウム二水和物 / リン酸二水素カリウム

(引用:コミナティ筋注 添付文書(一部抜粋))


結論、有効成分である「トジナメラン」をはじめ、添加物にもドーピング禁止リスト(2021年度禁止表国際基準)に該当する成分はありません。
また、ドーピング禁止リストにある禁止方法(「M2.化学的および物理的操作」や「M3.遺伝子および細胞ドーピング」)にも該当しないため、現段階でコミナティ筋注の安全性は高いと考えて問題ないでしょう。
なお安全性の観点からも、WADA(世界アンチ・ドーピング機構)はアスリートに対し、新型コロナウイルスのワクチン摂取を推奨しています。

ワクチン接種における3つの注意ポイント

ここまで、ワクチンの仕組みから副反応、ドーピングに関するの安全性などについて触れてきましたが、アスリートは次の3点についても注意をしてください。

1 : 摂取の前に、アスリートであることを伝えること

まず、アスリートは医師、看護師などにワクチン接種前に必ずアスリートであることを伝え、ドーピングに問題がないか、現場でも確認するようにしてください。コミナティ筋注はドーピング違反になる成分を含みませんが、過去の違反事例で確認を怠ったことから、違反年数が短縮されなかったケースもあるためです。

2 : ワクチン接種に関する記録を残すこと

ワクチン接種後には「いつ」「どこで」「どの種類の」ワクチンを接種したか記録に残すようにしてください。

WADAは現時点での安全性から、アスリートに対し新型コロナウイルスのワクチン摂取を推奨しています。ただし、今後新型コロナウイルスのワクチンに関するデータが集まっていく中で、ドーピング違反に触発する成分であったり、触発する行為に該当したりすると考えが改められた場合、使用を禁止する様なアナウンスをするとしているためです。 証拠がないと、ドーピング目的での使用ではないことの証明が難しくなります。

3 : 基本的な予防は継続して行うこと

アスリートに関わらず、ワクチン接種後にはマスクや手洗いをおろそかになる可能性がありますが、ワクチン接種後の他人へ移してしまう可能性については、まだデータがありません。
ゆえに厚生労働省もワクチン接種後もマスクや手洗いなどを行うようアナウンスしています。チームメイトに影響を及ぼさないためにも、ワクチン接種後も基本的な感染予防は行うようにしてください。


アスリートは新型コロナウイルスの感染者の減少に伴いスポーツがより活発になった際、急遽ワクチン摂取を迫られるケースも想定されるかと思います。上記の情報がワクチン接種における判断に役立てば幸いです。

ご不明点は、担当薬剤師の小野までお問い合わせください。
問い合わせ先 : Twitter @antidoping_ph


出典
厚生労働省「新型コロナワクチンについてのQ&A」
厚生労働省「コミナティ筋注 添付文書」
中外製薬「抗体とは / バイオのはなし」
公益財団法人日本医師会「日本医師会新型コロナワクチン速報【第5 号】」
独立行政法人 医薬品医療機器総合機構(=PMDA)「インフルエンザHAワクチン「KMB」 添付文書」
ヒュミラ情報ネット「注射時の痛みに対して」
WORLD ANTI-DOPING AGENCY(=WADA)「PROHIBITED LIST 2021」
WORLD ANTI-DOPING AGENCY(=WADA)「COVID-19: Athlete Q&A」