日本のサプリメントGMPの現状と課題(後編)

2024年に起きた「紅麹」問題。この問題を受けて、国は機能性表示食品に関する制度を改めました。そして、この問題を機に今、日本のサプリメントに関する安全性が問われています。今回は一般社団法人日本健康食品規格協会の池田秀子氏に、「日本のサプリメントGMPの現状と課題」関して二回にわたり解説していただきます。日本のサプリメントGMPの現状と課題(後編)です。前編はこちらからご覧ください。
GMPとは
GMPとはGood Manufacturing Practiceの頭文字をとったもので、「適正製造規範」と訳されるが、「製造管理と品質管理」と言えばより分かり易いだろう。GMPは医薬品の製造と品質管理システムとしてよく知られている。医薬品は「諸刃(もろは)の剣」と言われ、有効性には常に副作用のリスクがついてまわる。そのため、非常に厳密な規格・手順等に従って、目的通りの医薬品を製造しなければならず、これを実現するのにGMPが重要な役割を担っている。では、食品であるサプリメントに何故GMPが必要なのだろうか。
サプリメントは食品でありながらも、錠剤、カプセル剤等の医薬品的な形状をとっており、過剰摂取しやすい。それに加えて、使用される原材料も一般食品とは大きく異なる。すなわち、化学的合成品、あるいは天然物からの抽出、分画、精製、濃縮、乾燥、さらには化学的反応を加えた、本来の天然物とは成分や割合が異なるものであり、場合によっては有用成分のみならず、有害物質も濃縮されることも起こり得る。こうした背景から、サプリメントの有効性、安全性と品質を確保には、一般食品とは異なる視点での製造と品質管理が求められているのであり、そのために、医薬品を参考としたGMPが必要とされているのである。
GMPには、1:人為的な誤りの防止、2:製品の汚染及び品質低下の防止、3:全工程を通じた一定の品質確保(高度な品質保証システムの設計)という3原則がある。有効性と安全性が確保された品質のよいサプリメントを提供するために、GMPでは原材料の受け入れから最終製品の出荷に至る全ての工程について、この3原則の視点から詳細な要件が定められ、その厳密な実施が要求される。GMP運用を取り入れた管理の概略を図2に示す。
図2_GMPを実施した製造工程管理
GMPガイドラインと原材料
わが国でサプリメントに対するGMPガイドラインが最初に示されたのは、厚生労働省が発出した平成17(2005)年の通知¹)によってであった。以来、19年を経て、本通知の内容を充実させた、新たなGMP指針が昨年(2024年)3月11日に発出された²)。この通知を通称「311通知」と呼んでいる。なお、サプリメントのGMPの所管は、2024年4月1日に厚生労働省から消費者庁に移管された。
さて、小林製薬㈱の紅麹サプリメント事件でも明らかなように、サプリメントの安全性と品質確保に最も重要なのは、原材料の安全性と品質である。しかし、今回のGMP義務化の対象は、最終製品の製造者であり、原材料の製造者に対しては「GMPが望ましい」という表現に止まっている。というのも、サプリメントの原材料の多くは輸入品であり、海外での製造にどこまでGMPを求めることができるか、実際問題として困難であるからである。
原材料の安全性についての事業者による自主点検については、平成17年通知(「錠剤、カプセル状等食品の適正な製造に係る基本的考え方について」及び「錠剤、カプセル状等 食品の原材料の安全性に関する自主点検ガイドライン」) においても求められていた。しかし、業界全体の取り組みとしては、これまでは後手に回っていたと言わざるを得ない。今回の紅麹事件を教訓に、今後は、原材料の安全性確保に対する要求が、増していくものと思われる。
その中で、課題として挙げておきたいのは、“新規原材料の安全性評価を事業者だけにまかせておいて良いのか”、という問題である。わが国には、食品、特に健康食品に使用する原材料や基原材料については、最初に、食薬区分によって使用の可否をふるい分けるシステムがある。しかし、食薬分を通過した後の基原材料や原材料を加工して、最終的にサプリメントに資料される原材料の成分、その基準や規格は多様であり、これらは、従前の物とは異なる新規原材料に相当する。
海外においては、サプリメントの新たな成分や原材料の安全性については、国や公的機関等が評価をする仕組みをとっている。例えば、米国では新ダイエタリー新成分(New Dietary Ingredient: NDI)としてFDA(Food and Drug Administration: 米国食品医薬品安全局)が、EU(European Union: 欧州連合)では新規食品(Novel Food)としてEFSA(European Food Safety Authority: 欧州食品安全機関)が、ASEAN(Association of southeast Asian nations: 東アジア諸国連合)では各国の保健省が評価を行っている。わが国でもこの点についての検討が今後必要であると思われる。
JIHFS GMP認証
私が所属する(一社)日本健康食品規格協会(以下、「JIHFS」と称す。)は、最初のGMPガイドラインが発出された平成17(2005)年から、第三者認証機関として、健康食品と原材料の製造工場を対象に、GMP認証を開始した。また、原材料の品質確保は、国内製造はもとより、輸入原材料においても必要であることから、JIHFSは輸入原材料GMP規範に基づき、輸入原材料GMP認証2024年7月から開始した。アンチドーピングにおいては、原材料の品質確保が特に重要であることから、GMP認証工場で製造された原材料の選択、さらにはGMP-IM認証取得した原材料を用いることは、スポーツサプリメントの販売事業者にとってメリットが大きいと考える。
サプリメントGMPの国際的状況
サプリメントの安全性と品質確保をGMPで行う事を世界で最初に宣言したのは、米国であった。米国は1994年にダイエタリーサプリメント健康・教育法(Dietary Supplement, Health and Education Act: DSHEA)を制定し、その中で、FDAはサプリメントのためのGMPを制定することができると明記している。FDAがサプリメントCGMP(Current Good Manufacturing Practice: CGMP、Currentは「最新の」という意味)を公布したのは2007年であり、その全面施行は2010年であった。日本でのGMPガイドラインの発出は2005年であり、FDAよりも先んじていたことは誇るべきことである。
DSHEAの後を継いでEUや中国、韓国、ASEANなどがそれぞれサプリメント法を制定し、GMPを義務化している。尚、オーストラリアとカナダはサプリメントを食品ではなく、緩和な作用を有する医薬品として取り扱っており、当然の事ながら、GMPは必須要件である。海外の法制度とGMPの状況を表1に示す。
表1_サプリメント/健康食品に対する国内外のGMPの状況
わが国のさらなる課題
以上、国内外のサプリメントGMPの状況について述べた。わが国の課題としては、サプリメントの定義に加え、機能性表示食品とトクホだけでなく、栄養機能食品やその他のいわゆる健康食品も加えた、全てのサプリメントについて、安全性と品質が担保されるべきであり、そのためにはGMPによる管理を等しく求める必要があると考える。
最後に、「その他のいわゆる健康食品」には機能性に関する表示を行うことが出来ず、消費者は確たる根拠もなく、何らかの有効性を期待して製品を摂取するという不健全な状況が続いている。こうした状況も含めて、機能性の表示の在り方やその科学的根拠のレベル、安全性と品質確保をサプリメント全体について検討する必要があると思われる。
消費者に安全で品質のよい製品を提供し、且つ必要な情報を提供し、消費者が自分に必要な商品を自ら選択できるように、わが国においてもサプリメント法について検討すべき時期にきているのではないだろうか。
【参考文献】
1)「「錠剤、カプセル状等食品の適正な製造に係る基本的考え方について」及び「錠剤、カプセル状等食品の 原材料の安全性に関する自主点検ガイドライン」について」(平成17年2月1日付け食安発第0201003号)
2)「錠剤、カプセル剤等食品の原材料の安全性に関する自主点検 及び 製品設計に関する指針(ガイドライン) 」及び「錠剤、カプセル剤等食品の製造管理及び品質管理(GMP)に関する指針(ガイドライン)」令和6年3月11日付け健生発0311第5号 厚生労働省健康・生活衛生局長 通知(通称311通知)
記事の執筆

池田秀子/一般社団法人 日本健康食品規格協会 理事長
北里大学薬学部卒業後、東京田辺製薬株式会社に入社。株式会社ソフィアテック東京田辺を経て、 2003年に有限会社バイオヘルスリサーチリミテッドを設立し、2013年より取締役社長就任。 2005年に、一般社団法人 日本健康食品規格協会を故・大濱宏文 理事長らと設立し2013年より理事長就任し、現在に至る。
【その他活動】
在日米国商工会議所 栄養補助食品規制緩和サブコミッティ委員(1994-2005):栄養補助食品の規制緩和要請、 一般社団法人日本臨床栄養協会 副理事長、一般社団法人日本食品安全協会 理事、IADSA(国際サプリメント業界団体連合会)科学者会議委員、ISO/TC249(国際化標準化機構 Traditional Chinese Medicine専門委員会)国際委員
【専門分野】
海外のサプリメント制度の研究(ヘルスクレーム、安全性及び品質確保に係る制度研究)
【所属学会】
日本薬剤師会、日本公衆衛生学会、日本臨床栄養協会、日本臨床栄養学会、 日本食品化学学会、日本健康科学学会、日本栄養改善学会、ゲーテ自然科学の集い、 日仏美術史学会、歴史学会、公益財団法人生存科学研究所
【主な論文・著書】
・Health Foods and Foods with Health Claims in Japan (“Nutraceutical and Functional Food Regulations in the United States and Around the World.” Ed. by Debasis Bagchi) Elsevier (第3版2019年) 共著
・食品の機能性表示と世界のレギュレーション、薬事日報社(2015) 編集・監訳(共著)
・学名でひく食薬区分リスト-健康食品・医薬品に区分される成分-、薬事日報社(2014)共著、
・NR・サプリメントアドバイザー必携(第6版)、第一出版(2023) 共著、他多数