一目でわかる2022年禁止表国際基準の14の変更点
2021年も残すは1ヶ月を切りました。2022年の禁止表国際基準(=ドーピング禁止リスト)は怪我や病気の際の「治療」に関する大きなアップデートを含め14項目で変更がありましたが、すでに把握済みでしょうか。今回は、2021年から2022年にかけての14項目の変更点について解説します。
要点だけ押さえておきたいという方は、「12番目の糖質コルチコイドの注射の禁止」もしくは「最初の変更点一覧、最後のまとめ」をご確認ください。
※本解説は、WADAの解釈やJADAによる和訳(日本語版)と解釈が異なる可能性がある非公式版です。 WADAやJADAとの解釈との違いによりドーピング違反になった場合には、(同)イルホープでは一切の責任を追いません。なお(同)イルホープは、JADA(公益財団法人日本アンチ・ドーピング機構)との利害関係はありません。
2022年禁止表国際基準変更点一覧
14の変更点概要 | セクション |
---|---|
1.新規成分「BPC-157」の明示 | S0. 無承認物質 |
2.「チボロン」のセクション移動 | S1. 蛋白同化薬 |
3.新規成分「オシロドスタット」の明示 | S1. 蛋白同化薬 |
4.セクションの再編成→S2.3の編成とS2.4の新規追加 | S2. ペプチドホルモン、成長因子、関連物質および模倣物質 |
5.新規3成分「ロナペグソマトロピン」 「ソマパシタン」「ソマトロゴン」の明示 | S2. ペプチドホルモン、成長因子、関連物質および模倣物質 |
6.「サルブタモール」の投与間隔の規制変更 | S3. ベータ2作用薬 |
7.イミダゾール誘導体の名称変更 | S6. 興奮薬 |
8.「カチン」の別名が明示 | S6. 興奮薬 |
9.新規3成分「エチルフェニデート」「メチルナフチデート」 「4-フルオロメチルフェニデート」の明示 | S6. 興奮薬 |
10.モダフィニル / アドラフィニルの類似体の明示 | S6. 興奮薬 |
11.「フルコルトロン」の名称変更 | S9.糖質コルチコイド |
12.糖質コルチコイドの禁止経路の追加 | S9.糖質コルチコイド |
13.禁止競技の種目の再編成 | P1.ベータ遮断薬 |
14.「ベミチル」と「糖質コルチコイド」のモニタリングの終了 | 監視プログラム |
なお、S4. ホルモン調節薬および代謝調節薬、S5. 利尿薬および隠蔽薬、M1. 血液および血液成分の操作、M2. 化学的および物理的操作、M3. 遺伝子および細胞ドーピング、S7. 麻薬、S8. カンナビノイドにおいては変更はありませんでした。
S0. 無承認物質
1.「BPC-157」が新たに明示
BPC-157は、炎症性腸疾患などの治癒効果を目的に研究された成分です。ただし、本成分は研究途中で開発が終了したため、日本をはじめ諸外国でも一般的には流通していません。しかし、アメリカの一部のメーカーでは、「胃腸の治癒だけではなく、『骨や関節の治癒』などのためにも注射または経口摂取できる」と謳いサプリメントとして販売しているようです。
そこでWADAが再調査を進めた結果、ドーピングの危険性があると判断しました。更にすでにサプリメントなどとして市場に出回っている危険性から、2022年の禁止表国際基準への追加に乗り切ったようです。
BPC-157: Experimental Peptide Prohibited under 2022 Rules(USADA)
S1.蛋白同化薬
2.「チボロン」がセクション「S1.2」から「S1.1」へ
2021年まで、「チボロン(tibolone)」は「S1.2 その他の蛋白同化薬」に分類されていましたがWADAいわく、チボロンの代謝物が合成経口アンドロゲンとして効果を示すと再評価でき、「S1.1 蛋白同化男性化ステロイド薬(AAS)」へ移動することとしたようです。なおセクションを移動しただけで、チボロンがドーピング違反になることに変わりありません。
3 .「オシロドスタット」が新たに明示
「オシロドスタット(osilodrostat)」が、間接的にテストステロンの量を増加すると評価されたため、新たに明示されました。
なお、オシロドスタットは2021年に日本国内で「イスツリサ錠」という名称で、医薬品として承認されています。ゆえに国内アスリートも医師から処方される可能性のある医薬品です。
S2. ペプチドホルモン、成長因子、 関連物質および模倣物
4 .セクションS2.3の編成と、新規セクションS2.4の追加
2021年まで「2.3 成長ホルモン(GH)、その断片および放出因子」としていましたが、新規成分の明示により、「2.3成長ホルモン(GH)、その類似体および断片」として再編成。そして一部の成分は新規セクション「S2.4成長ホルモン放出因子」へ移動しました。
5 . 成長ホルモン類似体に新たに3成分が明示
・「ロナペグソマトロピン(lonapegsomatropin)」
・「ソマプシタン(somapacitan) 」
・「ソマトロゴン(somatrogon)
ソマプシタンは2021年に日本国内にて「ソグルーヤ皮下注」という名称で、医薬品として承認されている成分です。ソマプシタンには、脂肪組織の減少、筋肉や骨の成長が期待されるため、禁止表国際基準に新たに明示されたとのではないかと推察できます。なお、ソマプシタン(ソグルーヤ皮下注)も治療で用いる際には、TUE申請が必要となります。
S3. ベータ2作用薬
6.喘息治療薬「サルブタモール」の吸入間隔が『8時間で600μg』へ変更
喘息の治療薬として、吸入で使用される「サルブタモール(Salbutamol)」は2021年まで12時間あたり800μgまで吸入可能とされてきましたが、2022年より『8時間で600μgまで』吸入可能へと変更になります。
変更により、最初の8時間で600μg、次の8時間で600μg、残りの8時間で400μといった吸入が可能になりました。
注意が必要なのは、吸入によるサルブタモールの1日の総投与量は、24時間で1600μgのままということ。そして規定以上の量を吸入して治療を行う場合には、TUE申請が必要ということです。
また、サルブタモールは、「サルタノール」や「ベネトリン」といった名称で、錠剤やシロップなどの剤形でも医薬品として流通していますが、今回のルール変更に該当するのは「サルタノールインヘラー」に代表される吸入タイプのベータ2作用薬です。
S6. 興奮薬
7.「イミダゾール誘導体」から「イミダゾリン誘導体」へ名称が変更に
「イミダゾール誘導体(imidazole derivatives)」と「イミダゾリン誘導体(imidazoline derivatives)」を詳細に区別するために、名称変更がありました。なお名称変更により、イミダゾール誘導体の代表例として明示されていた成分群に変更はありませんでした。
8.「カチン」の別名である「ノルプソイドエフェドリン」が明示
「カチン(cathine)」の別名に「ノルプソイドエフェドリン(norpseudoephedrine)」やノルプソイドエフェドリンの異性体が明示されました。WADAより明示された背景は明かされていませんが、カチンには複数の別名があるため、別名の誤認による混乱を避けることなどを目的に、明示されたのではないかと推察できます。
9A~9C.「エチルフェニデート」「メチルナフチデート」「4-フルオロメチルフェニデート」が新たに明示
メチルフェニデート類似体の一例として、「エチルフェニデート(Ethylphenidate)」「メチルナフチデート(Methylnaphthidate)」「4-フルオロメチルフェニデート(4-fluoromethylphenidate)」が明示されました。
メチルフェニデートは、コンサータなどといった名称で医薬品として国内でも流通する一方、依存性が高いことなどから流通規制もかかっています。
新たに明示された3成分は、過去10年間、メチルフェニデートの代替品として多くの国で普及してきたため追加されることとなりました。ただし3成分のうち、国内で医薬品として承認されている成分はありません。
10.「ヒドラフィニル(/フルオレノール)」が新たに明示
以前より明示されてきたモダフィニル / アドラフィニルの類似体の例として「ヒドラフィニル(Hydrafinil )(別名:フルオレノール(Fluorenol))」が新たに明示されました。
なおWADAより明示された背景は明かされていませんが、モダフィニルによるドーピング違反が後を絶たないこと等から、似た作用を持つヒドラフィニルについても注意喚起の目的で明示されたのではないでしょうか。 なお、ヒドラフィニル、フルオレノールについては医薬品としての承認は受けていない成分です。
S9. 糖質コルチコイド(注射以外)
11.フルオコルトロンから「フルオコルトロン」へ名称変更
国際一般名(INN)で統一する目的で、フルコルトロン(Flucortolone)から「フルオコルトロン(Fluocortolone)」へ成分名が変更されました。
S9. 糖質コルチコイド(大会期間中の注射について(最重要))
12:最重要!大会期間中の糖質コルチコイドの注射が原則禁止に!
1年前からWADAが勧告してきた通り、2022年より大会期間中の「糖質コルチコイドの注射」に関するルールが大きく変更されました。
<変更前(2021年まで)>
2021年禁止表国際基準(英語版)
大会期間中、経口 / 静脈内注射 / 筋肉注射 / 経直腸での使用は禁止
<変更後(2022年から)>
2022年禁止表国際基準(英語版)
大会期間中、
糖質コルチコイドの「注射使用*」、
「経口使用(口腔粘膜(口腔内(頬)、歯肉内、舌下等)を含む)」、
「 経直腸使用」はすべて禁止される。
*静脈内、筋肉内、関節周囲、関節内、腱周囲、腱内、硬膜外、髄腔内、嚢内、病巣内(例えば、ケロイド内)、皮内、および皮下
これまでは大会期間中の糖質コルチコイドの注射は限定的な規制でしたが、2022年からは糖質コルチコイドの注射が全て禁止となりました。糖質コルチコイドを注射するケースは、半月板損傷や椎間板ヘルニアといった大きな痛みを改善する時などが挙げられます。つまり、大会期間中のケガの治療には注意が必要です。
またWADAは糖質コルチコイドを「大会何日前からやめたらよいのか(=ウォッシュアウト期間)」についても公開しています。(詳細は以下から)
糖質コルチコイドの治療はいつやめるべき?~ウォッシュアウト期間〜
糖質コルチコイドの新ルールは複雑です。アスリートは使用する前に不安に思ったら、必ず医師や薬剤師に相談してください。
P1. ベータ遮断薬
水中スポーツの種目の表記を再編成
2021年まで水中スポーツ(Underwater sports)は、種目の区分が細かく分かれて記載されていました。しかし2022年からは、「水中スポーツ:フリー ダイビング、スピアフィッシング、ターゲット シューティングのすべて」といったように、包括的に区分されることになりました。編成する意図は明らかになっていませんが、編成により新たにベータ2遮断薬が禁止になったり、逆に使用が緩和されたりする種目はありません。
監視プログラム
14A/B.「ベミチル」と糖質コルチコイドが監視プログラムから削除
必要なデータが得られたことから、監視プログラムのS3.ベータ作用薬に区分されていた「ベミチル(bemitil)」は削除されました。なおベミチルは禁止表国際基準に移行し、明示されることはありませんでした。
一方でS9.糖質コルチコイドについては、注射可能なものは全て禁止されるなど、監視プログラムからは削除されましたが、禁止表国際基準のS9.へ移行しています。
2022年禁止表国際基準の変更点まとめ
アスリートは最低限、以下3点を押さえてください。
・大会期間中、糖質コルチコイドの注射が原則禁止(最重要)
・糖質コルチコイドを大会前に中断するタイミング(=ウォッシュアウト期間)が明示
・吸入サルブタモールの使用間隔に関する規制の変更
2022年からの禁止表国際基準は糖質コルチコイドに関する大きなアップデートがあり、ルールがよりクリアになった一方で、吸入サルブタモールの使用間隔の規制が変わる等、より複雑になった印象も受けます。
分かったつもりでも、間違えがちなのがドーピング。少しでも不安になったら、スポーツファーマシストまでご相談ください。
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