世界アンチ・ドーピング機構(WADA)は2026年9月21日、2027年の禁止表(Prohibited List)と主な変更点を公表しました。 今回の改訂では、禁止物質の新たなが例示されたほか、糖質コルチコイドの許可される投与経路、カンナビノイド、未承認ペプチドなどについて変更・明確化が行われています。 この記事では、2027年のドーピング禁止リストの変更点のうち、特にアスリートやサポートスタッフに関係する内容を中心に解説します。なお本記事は、治療目的で処方された医薬品の使用を否定するものではありません。治療中のアスリートは自己判断で中止せず、医師やスポーツファーマシスト等に相談してください。

ドーピング禁止物質・方法に指定される基準

まず、物質または方法がドーピング禁止物質・方法として指定されるためには、以下の3つの基準のうち少なくとも2つを満たしていると判断される必要があります。

  • It has the potential to enhance or enhances sport performance(スポーツパフォーマンスを向上させる、または可能性がある)
  • It represents an actual or potential health risk to the athletes(アスリートにとって実際または潜在的な健康リスクとなる)
  • It violates the spirit of sport(スポーツの精神に反する)

出典:WADA publishes 2027 Prohibited List_WADA

2027年禁止表の主な変更点

主な変更は以下のとおりです。

 

参考:Summary of Major Modifications and Explanatory Notes – 2027 Prohibited List_WADA

こからは、特に知っておきたい変更から順番に見ていきます。

特に知っておきたい3つの変更

S4.ホルモン調節薬・代謝調節薬に4つの禁止物質が明示

2027年禁止表では、「S4.ホルモン調節薬および代謝調節薬(=常に禁止)」に4つの成分が例として追加されました。

出典:2027 Prohibited List - Redline version_WADA

1-1 イムルネストラント(Imlunestrant)
イムルネストラントは、女性ホルモンの一種「エストロゲン」の働きを弱めるSERD(Selective Estrogen Receptor Degrader:選択的エストロゲン受容体分解薬)に分類される成分です。(*1)

SERD
は、細胞にある「受け皿(エストロゲン受容体)」の働きを妨げ、さらに受容体そのものの分解を促すことで、エストロゲンの働きを弱めます。(*1)つまり、イムルネストラントは男性ホルモン(テストステロン)そのものを直接増やす薬ではなく、女性ホルモン(エストロゲン)が作用する仕組みを抑える薬です。(男性ホルモン・女性ホルモンは、いずれも男女の体内に存在。)

しかし、イムルネストラントの安全性には注意が必要です。臨床試験では、重度(Grade 3以上)の有害事象も報告されています。(*2)
また、日本の添付文書では、イムルネストラントが生殖能力に有害な影響を及ぼす可能性があるとされています。動物試験では、女性では卵巣・子宮など、男性では精巣・精巣上体への影響が確認されており、男性についても投与中および最終投与後1週間はコンドームを用いた避妊が必要とされています。(*1)
イムルネストラントは乳がんの治療薬として、日本でも「イムルリオ錠200mg」の名称で製造販売が承認されています。(*1)

*1:イムルリオ錠200mg 添付文書_PMDA

 *2:Jhaveri KL, et al.「Imlunestrant with or without Abemaciclib in Advanced Breast Cancer」New England Journal of Medicine

1-2 セラデルパル(Seladelpar)
セラデルパルは、PPAR-δ(ペルオキシソーム増殖因子活性化受容体デルタ)を活性化する「PPAR-δ作動薬」(*3)に分類される成分です。
PPAR-δ
は、筋肉のエネルギー代謝や筋線維の性質などに関係する受容体です。筋線維にはいくつかのタイプがあり、それぞれ性質が異なります。(*4)

I
型(遅筋):酸素を利用してエネルギーをつくる能力が高く、疲労しにくい。持久的な運動に適している。
IIa
型:I型とIIb型の中間的な性質を持つ。
IIb
型:素早く大きな力を発揮しやすく、瞬発的な運動に適している。

PPAR-δ
の働きを強めた動物研究(*5)では、マウスで「I型(遅筋)」の増加や、走行能力の変化が確認されています。つまりPPAR-δの活性化は、筋肉をより持久的な運動に適した性質へ変化させる可能性があります。

なおセラデルパルは、原発性胆汁性胆管炎(PBC)の治療薬として海外ですでに承認されています。日本でも、科研製薬株式会社とギリアド・サイエンシズ株式会社が販売提携契約を締結しています。(*3)
また、米国FDAの添付文書では、セラデルパル投与患者で「骨折の発生頻度がプラセボ群より高かった」ことについて注意喚起されています。(*6)

参考資料
*3:原発性胆汁性胆管炎治療薬 セラデルパルの日本における販売提携契約締結_科研製薬・ギリアド
*4:Schiaffino & Reggiani「Fiber Types in Mammalian Skeletal Muscles」
*5:Wang et al.「Regulation of muscle fiber type and running endurance by PPARδ」
*6:LIVDELZI(seladelpar)Prescribing Information_U.S. Food and Drug Administration(FDA)

1-3  SLU-PP-332、SLU-PP-915
SLU-PP-332およびSLU-PP-915は、ERR(Estrogen-Related Receptor:エストロゲン関連受容体)を活性化する「ERR作動薬」として研究されている成分です。(*7、*8)
ERR
は、ミトコンドリアでのエネルギー産生など、骨格筋のエネルギー代謝に関わる受容体です。(*7)
SLU-PP-332
を用いた動物研究では、マウスの骨格筋で「IIa型筋線維」の増加や、走行能力の変化が確認されています。(*7)
SLU-PP-915
についても、マウスを用いた研究で走行能力の変化が報告されています。(*8)
しかし、これらはあくまで研究段階の成分です。SLU-PP-332、SLU-PP-915ともに、ヒトでの安全性は確立されておらず、ヒトが使用した場合にどのような健康影響が生じるのかは十分に分かっていません。

一方で、これらの成分は研究用化学物質として市場で取り扱われている例も確認されています。「研究用として流通している」ことは、ヒトへの使用を前提とした安全性が確認されていることを意味しません。

参考文献
*7:Billon C, et al.「Synthetic ERRα/β/γ Agonist Induces an ERRα-Dependent Acute Aerobic Exercise Response and Enhances Exercise Capacity」ACS Chemical Biology
*8:An orally active estrogen receptor-related receptor agonist, SLU-PP-915, enhances aerobic exercise capacity_Journal of Pharmacology and Experimental Therapeutics

「S5. 利尿薬・隠蔽薬」に2つの禁止物質が明示

「S5. 利尿薬・隠蔽薬(=常に禁止)」には、エプレレノン(Eplerenone)とフィネレノン(Finerenone)の2つが例として追加されました。

利尿薬は、体内の水分量を変化させることで短期間の体重減少につながるほか、他のドーピング禁止物質の検出を妨げる目的で悪用される可能性があり、禁止物質に指定されています。
特に注意したいのが、心臓にも影響しうる副作用です。エプレレノンとフィネレノンでは「高カリウム血症」が重大な副作用として記載されており、重症になると不整脈などを引き起こす可能性があります。(*10、*11)
この2成分は日本でも医薬品としてすでに使用されており、エプレレノンは「セララ」、フィネレノンは「ケレンディア」などの名称で流通しています。(*10、*11)
なお、治療目的で使用しているアスリートは自己判断で服薬を中止せず、TUE(治療使用特例)など必要な手続きを確認してください。

参考資料
*10:セララ錠25mg/50mg/100mg 添付文_PMDA
*11:ケレンディア錠10mg/20mg 添付文書_PMDA  
治療使用特例(TUE)について_JADA

糖質コルチコイドの「膣内投与」は禁止されない

2027年の改訂では、糖質コルチコイドの膣内投与(vaginal administration)は禁止されないことが明記されました。


「S9. 糖質コルチコイド」では、投与経路によって扱いが異なり、「注射、経口、経直腸」での使用は競技会中禁止されています。
少なくとも現時点では、国内で承認されている糖質コルチコイドの中に、膣内投与を目的とした医薬品は確認できません。そのため、今回の変更による国内アスリートへの影響は限定的と考えられます。
糖質コルチコイドを使用する際は、「何を使うか」だけでなく、「どの投与経路で、いつ使用するか」まで確認することが重要です。
なお、禁止される投与経路で治療が必要となる場合や、競技会前に使用した場合には、TUE(治療使用特例)やウォッシュアウト期間(競技会開始までに使用を中止しておく必要がある期間)についても確認してください。

参照:よくあるご質問_JADA  

あわせて知っておきたい変更

CBDは禁止されていない。しかしTHCには引き続き注意

2027年の改訂では、「S8. カンナビノイド(=競技会中禁止)」の記載が変更されました。
これまで「天然・合成カンナビノイド」と広く記載されていましたが、2027年からは、THC、およびΔ9-THCと同様の作用を示す半合成・合成カンナビノイドが禁止対象として整理され、Δ8-THC、Δ10-THC、HHCなどが具体例として明記されました。

 

一方、CBD(カンナビジオール)そのものは禁止されていません。THCは競技会中の禁止物質です。
また、日本では製品中のΔ9-THCに残留限度値が設定されており、この値を超える製品は「麻薬」に該当します。(*12)
ただし、この残留限度値は国内法上の基準であり、ドーピング検査の基準とは異なります。国内法上問題のない製品であっても、ドーピング検査上の安全性が保証されるわけではありません。
実際に厚生労働省は、国内で流通していたCBD製品から残留限度値を超えるΔ9-THCが検出された事例を複数公表しています。(*13)
そのため、「CBD製品だからドーピング上問題ない」と判断することには注意が必要です。

参考資料
*12:大麻取締法及び麻薬及び向精神薬取締法の一部を改正する法律の施行について_厚生労働省
*13:薬物乱用防止に関する情報_厚生労働省

未承認ペプチドは「禁止表に名前がないから大丈夫」とは限らない

2027年の改訂では、未承認のペプチドは、禁止表に具体名がなくても「S0. 未承認物質」や「S2. ペプチドホルモン・成長因子など」「S4. ホルモン・代謝調節薬」などに該当し、禁止される場合があることが明確化されました。

そのため、研究用などとして流通しているペプチドについて、「禁止表を検索して名前が出てこなかった=使用できる」と判断することには注意が必要です。

ビリヤード競技におけるベータ遮断薬の表記変更

P1「ベータ遮断薬」では、ビリヤード競技(WCBS)について、他の競技連盟との表記を統一するため「all disciplines(すべての種目)」という記載が削除されました。

競技によってベータ遮断薬の禁止範囲が異なるため、該当する競技者は最新の禁止表を確認してください。

監視プログラムから5つの成分が削除へ

WADAの監視プログラム(Monitoring Program)とは、禁止物質には指定されていないものの、スポーツにおける使用状況を把握するために、WADAが監視する成分の一覧です。

参照:The 2027 Monitoring Program

2027
年の改訂では、十分な情報が収集されたとして、以下の物質が監視プログラムから削除されました。

・コデイン(Codeine)
・デルモルフィンおよびその類縁体(Dermorphin and its analogues)
・ヒドロコドン(Hydrocodone)
・フェンタニルおよびトラマドール(Fentanyl and Tramadol):競技会外
(
フェンタニルおよびトラマドールは、引き続きS7「麻薬」に分類され、競技会中の禁止物質です。)

なお、監視プログラムからの削除は、ドーピング禁止物質からの除外を意味するものではありません。 各物質の禁止状況については、最新の禁止表を確認してください。

2027年禁止表でアスリートが覚えておきたいこと

今回の改訂で重要なのは、単に「新しく例示された成分名を覚えること」ではありません。
アスリートは、特に以下の点に注意してください。

  •  禁止表に成分名がなくても、ドーピング禁止物質に該当する場合がある
  • 研究段階の成分でも、すでに市場で流通しているものがある
  • 同じ成分でも、投与経路や使用時期によって扱いが異なる場合がある


薬やサプリメントを使用する際は自己判断せず、最新の禁止表を確認し、必要に応じて医師や薬剤師、スポーツファーマシストなどの専門家に相談することが重要です。

※本記事は2027年WADA禁止表および関連資料をもとに作成しています。禁止物質・禁止方法の取り扱いは、投与経路や使用時期などの条件によって異なる場合があります。実際の使用にあたっては、最新のWADA禁止表等をご確認ください。

 

記事の監修

小野創平(薬剤師/公認スポーツファーマシスト資格保有)