ドーピング禁止物質とは?現役スポーツファーマシストがわかりやすく解説(サプリメント編)

アスリートの皆さんにとって、パフォーマンス向上や栄養補給のためのサプリメントは欠かせない存在です。 しかし、そんな日常的なサプリメント使用が「ドーピング規則違反」につながるリスクがあることをご存じでしょうか? 今回は、サプリによるドーピングリスクを減らすために必要な「認証マーク」「実際の違反事例」についてわかりやすくご紹介します。 なお、医薬品編に関してはこちらをご覧ください! ドーピング禁止物質とは?現役スポーツファーマシストがわかりやすく解説(医薬品編)
サプリメントでドーピング違反になる現実
日本において、サプリメントは「食品」という分類のため、商品の成分表にすべての原材料を記載する義務はありません。そのため、そのサプリメントに何が入っているかは見た目だけではわかりません。
参照:食品景表法の概要
しかも、ラベルやパッケージに表示されていない物質が、製造・加工・保管などの工程中に混入(コンタミネーション)してしまう可能性もあります。万一、サプリメントなどの摂取が原因でドーピング規則違反となった場合は、検出された禁止物質が汚染製品に由来することを立証するのみならず、自身に「重大な過誤又は過失がないこと」も別途立証しなければなりません。 さらに、世界アンチ・ドーピング機構(以下、WADA)や国際オリンピック委員会(以下、IOC)は、アスリートの体づくりやコンディショニングにおいて、必要な栄養はバランスの良い食事から摂取することを推奨しています。 以上のことからアスリートは、サプリメントから栄養を接種することに対しては大きなハードルがあるのです。ですが、食事だけで栄養を取るのはかなり難しいという現実もあります。 だからこそサプリメントを使用する際にドーピングのリスクから可能な限り回避する商品を選ばないといけません。次の項目では、第三者認証の商品について解説していきます。
【参考資料】
アンチ・ドーピングとサプリメント_JADA HP
スポーツにおけるサプリメントの製品情報_公開の枠組みに関するガイドライン
「スポーツにおけるサプリメントの製品情報 公開の枠組みに関するガイドライン」とは、スポーツサプリメントの製造を行う企業向けのもので、JADA監修のスポーツサプリメント認証制度(JADA サプリメント分析及び認証プログラム)の解消に伴い、「リスク低減のための指針」としてできたガイドラインです。 詳細に関しては以下の通り記載されています。
”近年、サプリメント製品が広く市場に流通する一方で、国内外において禁止物質が混入 していたサプリメントを知らずに摂取したことによるドーピング違反事例が毎年発生して いる。他方で、ドーピングの危険が無いことを保証することは極めて難しいのが実情であ る。しかしながら、アスリートをはじめ競技団体関係者等から製品の安全性に関する情報 提供に対する要請が高まっている。
他方、公益財団法人日本アンチ・ドーピング機構(以下、JADA)が実施主体となり展開 してきた認証制度については、国内外の情勢を踏まえて、これを解消することとなった。
その上で、サプリメント認証枠組み検証有識者会議(以下、有識者会議)が審議し、JADA から切り離された体制のもとで、認証制度としてではなく「リスクの低減のための指標」 を提供するためのあらたな枠組みとして有識者会議が本ガイドラインを策定した。
将来において、サプリメント製品の製造を行う企業は、本ガイドラインの内容を十分に理 解し、内容に準じた安全性の確認対応を遂行していくことが望ましい。 また、アスリート及び指導者等が、本ガイドライン、及び本ガイドラインに基づく情報を 参照する場合には、これらの情報は完全なる安全を提供するものではなく、「リスク低減のための指標」である点を十分に理解したうえで、活用することが求められる。 ”
引用:第1章ガイドラインと目的について_スポーツにおけるサプリメントの製品情報 公開の枠組みに関するガイドライン
そして、ガイドラインには「生産施設審査の実施」 、「製品分析の対象範囲」 、「製品分析の実施頻度 (年1回以上)」、「 製品分析にあたる分析機関に求められる能力要件 」、「追加分析の実施要件、製品分析機関の第三者認証の取得について」 、「情報公開について」、「認証マークなしとする件に関して」、「今後の課題」等が記載されています。
【参考資料】スポーツにおけるドーピング防止活動に関する施策を総合的に推進するための基本的な方針
認証マークで安心を選ぶ:海外発の第三者認証制度
アスリートがサプリメントを選ぶ際に参考にすべきなのが「第三者認証マーク」です。 これは、製品が禁止物質を含まないことをサプリメントを製造していない第三者が検査し、保証する制度です。まずは海外の代表的な第三者認証をご紹介します。
INFORMED-SPORT(インフォームド・スポーツ)
商品を製造するたびにメーカーからLGC社にサンプルを提出し、分析を実施。 年2回LGC社が市場に出回っている当該商品をランダムで抜き取り、分析を実施します。
INFORMED-CHOICE(インフォームド・チョイス)
LGC社が市場に出回っている当該商品を毎月1回分析を実施。 ランダムに実施されるため、透明性の高い仕組みとなっています。
インフォームド・スポーツとインフォームド・チョイスの比較
インフォームド・スポーツとインフォームド・チョイスの違いは以下です。
参照:Informed Sport & Informed Choice: What is the Difference?_LGC
NSF Certified for Sport®
アメリカのNSF International(非営利の国際検査機関)が提供する、アスリートの安全なサプリメント利用を支援する第三者認証制度です。特に、プロスポーツ・オリンピックレベルの選手に推奨される制度であり、信頼性の高いサプリメント選びの基準として世界的に利用されています。
参照:NSF Certified for Sport®_ホームページ
BSCG(Banned Substances Control Group)
BSCG認証プログラムでは、GMP監査や毒性評価を含む厳格なプロトコルのもと、ISO17025認定ラボでの検査と継続的なバッチテストが実施されます。
日本国内の分析サービスの紹介
日本のサービスもあります。日本分析センターの「サプリメント製品のドーピング禁止物質分析サービス」です。これはJADA監修のスポーツサプリメント認証制度(JADA サプリメント分析及び認証プログラム)の解消に伴いできたサービスです。日本分析センターで製品の分析をすると同時に、別組織*1にて工場の認証を取得し、その後、日本分析センターが運営する「アンチ・ドーピングのためのスポーツサプリメント製品情報公開サイト」に製品が載るというものです。
なお、分析サービスに関しては2025年7月時点では新規の受付を終了しているようです。
*1:ここでいう別組織とは、 NSF International、一般財団法人日本ガス機器検査協会、一般社団法人日本健康食品 規格協会、公益財団法人日本健康・栄養食品協会のいずれかの基準、もしくは同等の基準による審査を受け、認証を取得し、維持するものとするとされています。また、生産施設審査において適用する基準は、cGMP(Current Good Manufacturing Practice)に 相当する、スポーツにおけるサプリメントに適した GMP(Good Manufacturing Practice)で あるとされています。
参照:サプリメント製品のドーピング禁止物質分析サービス_日本分析センター
参照:アンチドーピングのためのスポーツサプリメント製品情報公開サイト_日本分析センター
分析だけのサービスもあり
分析だけのサービスでいうと、イルホープの「ドーピング禁止物質分析サービス」です。イルホープの「ドーピング禁止物質分析サービス」は、WADA(世界アンチ・ドーピング機構)禁止物質リストに基づき、サプリメント・飲料・化粧品などに含まれるドーピングリスクを国内で検証できるサービスです。高感度のLC-MS分析を用い、指定ロット単位での検査が可能。サービス内に工場審査はないもので、低コストかつ短納期で導入できるのが特長です。陰性結果が得られた製品には、分析報告書と「アンチ・ドーピング・アクション(ADAマーク)」が発行され、製品ラベルや販促活動に活用できます。分析は、ISO/IEC17025または同等基準を満たす検査機関にて実施。さらに、本サービスはJADAが示す「サプリメントの製品情報公開ガイドライン」に準拠した体制で運営されています。信頼性と安全性を担保した製品提供をサポートする、実効性の高い分析サービスです。
アンチドーピングのためのスポーツサプリメント製品情報公開サイトとは?
上記にも記載しましたが、「アンチドーピングのためのスポーツサプリメント製品情報公開サイト」というのは、アスリートや薬剤師や栄養士、トレーナーが活用するサプリメントの安全性を確認するための製品情報サイトです。 WADA指定のドーピング禁止物質に基づき、成分のリスク評価や分析結果、第三者認証の有無などを整理・公開し、ドーピング事故の予防に役立てることができます。日本ではJADAが公表したガイドラインに基づき、製品の情報開示やリスク管理が推奨されており、薬剤師や栄養士、トレーナーが活用する重要な判断材料です。信頼性ある製品選定を支援するツールとして注目されています。
2019年〜2024年での違反事例
・2019年:エノボサルム(オスタリン)、ツロブテロール(2件)
・2020年:19-ノルアンドロステロン、フロセミド
・2021年:オスタリン
・2022年:19-ノルアンドロステロン、トレンボロン代謝物(2件)
・2023年:プレドニゾロン、ナンドロロン、トリメタジジン、テストステロン、トレンボロン、インスリン様成長因子、メチルエフェドリン、ツロブテロール
過去5年間のドーピング規則違反事例を確認すると、医薬品以外での原因が多くなっています。ここで、2021年の事例について詳しく確認していきましょう。
実際に起きたドーピング違反事例
ラグビーリーグワン所属の選手から禁止物質「エノバサルム(オスタリン)」が検出されたことを受け、 2021年12月23日から2022年5月22日までの5ヵ月間の資格停止処分を決定しました。この違反では、対象のサプリメントは国産ですが、違反物質オスタリンの表示はなく、アスリートも意図的に摂取してないとされています。このようにアスリートが「うっかり」ドーピング禁止物質を摂取した場合でも、ドーピング規則違反となるリスクが高くなります。それを防ぐために、先ほど紹介した第三者認証の商品を選ぶようにしましょう。
【参考資料】
アンチ・ドーピング規則違反に対する処分について_2022年 ラグビーリーグワン ドーピング規則違反事例
JADA 規律パネル決定:2021-001_0707
サプリメントによる「うっかり」ドーピングを防ぐためにできること
サプリメントによるドーピングを防ぐためには、医薬品よりも注意しなければいけません。そこで、サプリメントを服用する前に実施してほしいことを記載します。
・飲もうとしているサプリメントが本当に必要か相談する
・第三者認証マークを確認、分析サービスも活用
・ドーピング禁止物質検索エンジン「Global DRO*」で成分を事前に検索
・購入日・製造番号・使用期間などを記録する
・スポーツファーマシストに相談する
*Global DRO*の使い方と解説は前回の記事を参照
リスクを知り、安全を選ぶ力を
サプリメントは、コンディションを整える上で必要になる場合もあります。しかし、なにも知らず服用してしまうことで、「うっかり」ドーピングになる可能性が高くなってしまいます。今回は、ドーピング規則違反に該当する成分と違反事例の紹介や可能な限りリスクを減らす方法をお伝えしました。サプリメントを服用するときは、成分の検索やスポーツファーマシストに相談してから服用しましょう。

大西 伴幸(薬剤師 / JADA公認スポーツファーマシスト / 漢方認定薬剤師 / スポーツ栄養アドバイザー等)
愛媛県松山市出身。2015年に松山大学薬学部を卒業。 2016年に大手チェーン薬局で管理薬剤師や在宅医療推進チームで活動した後、2021年に松山に戻る。松山の薬局で在宅医療に携わる中で薬局業界では当たり前のことが世間では浸透していないことを知り、薬剤師の機能を地域住民に知ってほしいと思うように。2024年8月から活動に幅を持たせるため、Start nowを開業。地元に愛される薬局の開業を実現するために、地域に飛び出している。 スポーツの分野に関してはスポーツファーマシストとして、プロアマ問わずアンチ・ドーピングセミナーを2025年1月までに30本開催しており、アンチ・ドーピングだけでなくアスリートコンディショニングの重要性をアスリートに伝えている。