第三者認証と分析の違いとは? 〜サプリメントのアンチ・ドーピング対策〜
近年、サプリメントメーカーを中心にアンチ・ドーピング対策をする企業が増えてきていますが、第三者認証を取得する企業もあれば分析のみのメーカーなど対策は様々です。今回はサプリメントのアンチ・ドーピング対策である「第三者認証」と「分析」の違いについて解説します。
なぜ、メーカーがドーピング対策をする必要があるのか?
ドーピング違反といえば、アスリートが競技能力の向上の目的で意図的に違反物質を使用することが思い浮かぶかもしれません。しかし、近年日本国内で起きているドーピング違反の多くは、非意図的なうっかりドーピングによるものです。
2017年度のドーピング違反(JADA(=公益財団法人日本アンチ・ドーピング機構)より報告)のうち80%がうっかりドーピングによるものと考えられており、2018年1月に報告された違反の中には、海外サプリメントに成分表記のない禁止物質「1,3-ジメチルブチルアミン(1,3-dimethylbutylamine)」が混入し、競泳選手が7ヵ月間の資格停止となったというものがありました。
また2019年10月には、国内メーカーが製造するサプリメントに禁止物質である「オスタリン(ostrine)」が混入し、その製品を使用した競泳選手がドーピング違反となり4ヵ月の資格停止処分を科せられています。
このような事例が相次いでいるため、サプリメントメーカーを中心に製品を提供するメーカーに対し、アンチ・ドーピング対策が求められているのです。
ドーピング違反により生じるメーカーへの被害
アンチ・ドーピング対策を行う企業が年々増えてきているとはいえ、健康食品業界全体ではまだまだ対策をしている企業は少ない印象です。メーカーが対策を取らない理由の1つに、アスリートがドーピング違反になった際のメーカー側への被害を具体的に把握できていないことが挙げられます。
想定被害額は3000万円以上?
2004年、ドーピング違反を疑われた元サッカー男子日本代表の我那覇選手は、聴聞会により決定した処分に納得がいかず、不服申し立てをCAS(スポーツ仲裁機構)に対し行い、自身の身の潔白を証明しました。一部の報道によると、我那覇選手が身の潔白を証明するためにかかった費用は約3000万円とされています。
もしもサプリメントなどが原因で違反となった場合、メーカーは不服申し立て代だけではなく、アスリートの年俸の支払いや、その他広告塔としてアスリートを使用していたメーカーなどから、損害賠償請求される可能性も考えられます。
web上に誤った情報が残り続ける可能性も
2018年3月、スピードスケート・ショートトラックの斎藤慧選手から「アセタゾラミド(acetazolamide)」が検出された際、原因が特定できずにいた日本スケート連盟は、コンタクトレンズの保存液に混入していたのではないかとし、ドーピング対策を特にしていなかったコンタクトレンズのメーカーなどは対応を迫られました。
調査の結果コンタクトレンズの保存液が原因でないことが判明しましたが、一時的にコンタクトレンズの保存液がドーピング違反になるという情報がweb上で残り続けました。
アスリートがドーピング違反を疑われ、対策していない製品が違反の原因と判断された場合、損害賠償請求をされる可能性だけではなく、コンタクトレンズの保存液同様、web上に情報が残り続ける可能性も考えられるため、メーカーには対策が必要とされるのです。
アンチ・ドーピング対策の種類
メーカー向けのアンチ・ドーピング対策は主に「第三者認証」と「分析」があります。それぞれのサービスは、JADAの公開する「スポーツにおけるサプリメントの製品情報公開の枠組みに関するガイドライン」に準じ、JADAなどとは経営上関係のない認証、分析機関がサービスを提供しています。
ガイドラインの目的は、サプリメントや化粧品などによるドーピング違反のリスク低減を図ること*1で、メーカーには主に以下3つの対策が求められています。
1:GMPなどの生産施設審査を受ける工場で製品を製造すること
2:年に1回以上の頻度で分析を行うこと
3:GMPなどの取得状況と分析結果を公開すること
アンチ・ドーピングの第三者認証と分析の違いは、認証機関による生産施設審査の有無と分析回数にあります。
アンチ・ドーピングの第三者認証では、認証機関により生産施設審査が行われ、生産工場においてドーピング禁止物質が混入しない体制であるかどうか審査されます。そして製造LOTごとなど定期的に分析も行われ、ドーピング禁止物質の混入の有無も確認されます。
生産施設審査と分析結果をもって、ドーピング禁止物質が混入する可能性が低いと判断されると認証が受けられ、製品などに認証マークをつけることが可能となります。
そしてアスリートは、認証マークのある製品を使用すれば、ドーピング違反のリスクが低減されるというわけです。
一方で分析のみの対策では、依頼を受けたLOTの単一の結果が出されるのみとなっており、生産施設審査に関しては行われません。また、アンチ・ドーピングの第三者認証とは異なり、認証機関がLOTごとなど定期的に分析を行うわけではないため、メーカーは都度分析依頼をかける必要があり、またアスリートも分析されているLOTであるかどうか、都度確認する必要があります。
*1:ガイドラインに準じた対策をしてもアスリートのリスク低減になるだけで、アスリートが違反になった際の処分の短縮に必ずしも繋がるわけではない。
第三者認証のメリットとデメリット
アンチ・ドーピングを目的とした第三者認証を取得するメリットは、JADAにて公開されるガイドラインに準ずる形の対策をとることが可能となることです。またトップアスリートに対する第三者認証の認知度は高まってきているため、認証を取得していると製品を採用しやすくなるようです。
一方で定期的な分析や工場審査を行うため、1製品あたりの認証費用が高くなるというデメリットがあり、製品の単価を上げる必要性も出てきます。そのため、多数製品を取り扱うメーカーや、新たにスポーツ向けに製品を開発するメーカーにとっては、取得のハードルが高くなっています。
分析のメリットとデメリット
分析のみの最大のメリットは、第三者認証と比較して費用が抑えられる点です。第三者認証を取得したいけれど費用対効果が少ないといったメーカー、特に多数製品を取り扱ったり、新規でスポーツ向けの製品を開発したりするメーカーには向いています。
また、アンチ・ドーピング認証は主に既製品が対象となりますが、開発前のサプリメントや化粧品を対象とすることができ、市販前のテストでアスリートに製品を提供することが可能となります。その他にも、スポンサーしているアスリートに提供する製品のみを分析したいなど、細かなニーズに合わられることもメリットです。
デメリットは生産施設審査については行われないため、すでに取得している健康食品GMPといった基準で対応するなど、JADAのガイドラインで求められる項目についてある程度メーカーで対応をしければならない点です。また、サプリメントや化粧品などの採用が厳しいチームでは、アンチ・ドーピング認証ではないと採用が難しいケースもあるようです。
国内メーカーがとるべきドーピング対策の採用ポイント
国内メーカーが申し込むことのできるアンチ・ドーピング対策はいくつかありますが、認証、分析機関により生産施設審査の方法や分析回数などサービス内容が異なります。
その中でも特に違いが大きい点が「分析項目」です。
WADAの規定する成分=分析項目ではない
ドーピング禁止物質というのはWADA(世界アンチ・ドーピング機構)の禁止表国際基準にて公開されています。
>2020年禁止表国際基準
2020年の禁止表国際基準には、アナボリックステロイド(タンパク同化薬)や興奮薬など約250品目のドーピング禁止物質が掲載されていますが、同時に約250品目の「類似物質」も違反対象とされています。つまりWADAは、公開する約250品目以外の未公開の成分もドーピング禁止物質と規定しているのです。
また類似物質については一般公開されていないため、アスリートをはじめ認証、分析機関などは、全てのドーピング禁止物質を把握することができないのです。
これが100%ドーピングフリーのドーピング対策が存在しない理由です。
分析項目が異なるのは、国の基準や法律の違い
ドーピング禁止物質には類似物質も指定されるため、全てのドーピング禁止物質を分析することはできませんが、サプリメントによるドーピング違反のリスク低減を目的に、一部の国ではガイドラインなどの基準が公開されています。
ガイドラインの中では、生産施設審査や分析項目に関することが規定されており、日本ではJADAにて公開されるガイドラインにて分析対象が以下のように指定されています。
3.2 製品分析において対象とする項目(物質)の範囲
(出典:スポーツにおけるサプリメントの製品情報公開の枠組みに関するガイドライン)
製品分析において対象とする項目(物質)の範囲製品分析において対象とする項目(物質)の範囲は、世界アンチ・ドーピング機構(以下、 WADA)から公開される統計情報3に基づき、検出された禁止物質のうち、WADAの禁止表の各区分について、それぞれの上位50%の物質を一次的対象範囲として、一次的対象範囲のうちの 60%を下らない範囲とし、この範囲について分析を行うことが求められる。 尚、経口での摂取の可能性が無い、もしくは低いと考えられる物質は、分析の対象より除外する。
一方アメリカでは、USADA(米国アンチ・ドーピング機構)にて第三者認証機関であるための体制基準のようなものは公開されていますが、その基準では具体的な分析対象については指定していません。
またガイドラインの違いでけではなく、日本などの麻薬や覚せい剤といった違法薬物の取り締まりが厳しい国では、麻薬などを分析対象とすることができないため、分析項目が異なるのです。
重要なのはJADA公開のガイドラインのカバー率
日本のメーカーがとるべき対策は様々あることが分かったと思いますが、一番重要なポイントはJADAにて公開されるガイドラインの項目を、どこまでカバーできるかであると考えます。
2020年4月現在、JADAではガイドラインを公開しているものの、JADAが推奨する認証、分析機関、サービスはありません。一方アメリカやイギリスでは、USADAやUKAD(イギリスアンチ・ドーピング機構)がそれぞれ自国の認証を推奨しており、各国で認証される製品のみがうっかりドーピングのリスクが低減されるとし、アスリートに指導を行っています。
そのため日本でも今後アスリートに対し、ガイドラインに準じた対策をとるメーカーの製品を使用するよう指導されていくということが推測されます。
国内メーカーの方々は、多くのサプリメントメーカーがとる体制を真似るだけではなく、JADAにて公開されるガイドラインにどれだけ準じた体制を取れるかを1つの判断基準に、対策されることをお勧めします。